≪スタッフ・有志の連載≫
 <第53回> 風の音にぞ…
 ============ by 漂鳥

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  第53回 常ならず
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梅雨の頃はというと、平地では留鳥や草原性の夏鳥の繁殖・子育てのシーズンではありますが、冬季や渡りのシーズンに較べて、鳥の数はうんと少なくなります。まあでも基本的に草原に暮らす鳥が、とても地味ではあるけれど好みなので、この時季は、鳥見を始めた頃から農地や葦原に足繁く通っています。

ただここ数年、少なくとも私の地元では、目に入れても痛くないほどの愛鳥・セッカが激減してしまっています。勢いセッカを撮影する機会も減りました。また、毎年コヨシキリやヨシゴイが営巣する、これも地元の美しい田園と葦原に彼らの姿を見なくなりました。(今季ヨシゴイは少し復活しているようですが)
考えられる原因は、前者(セッカ)の場合は、一にも二にもセッカが営巣する河川や遊水地の土手の草を、年に何度も、こんな言い方をすると関係者の気分を損ねるかも知れませんが、それこそ鬼のように刈ってしまうからだと思われます。後者(コヨシキリ・ヨシゴイなど)の場合は、葦原の減少(これは農家の方が手入れをしている結果なので、やむをえません)と、農地を囲む堤防のかさ上げ工事が大きく影響しているようです。少なくとも5羽以上の雄のセッカの声が常時聞こえていて、ついこの間までコチドリやコアジサシなども営巣にやってき ていたのが、まるで遠い昔のできごとのようです。

オオヨシキリ コヨシキリ セッカ

一つの環境が、未来永劫に渡って変わらないということはもちろんあり得ません。人為的な影響による変化も多いでしょうが、年月の経過で更新される自然(例えば植物相であるとか)もあります。いずれにしても人の世と同じく、自然も常に変化してやまないということなのでしょう。

シアワセは、永遠に続くことはないんですね。
もっともフシアワセも、永遠には続かない…、かな?

下の2枚は以前に撮影したものですが、この2種も草原性の鳥を代表するようですね。

オオセッカ(幼鳥) コジュリン

夏は、鳥は少ないけれど、虫は多いです。ですからせっせと近所を歩いてみます。
虫の種類はあまりにも多くて、またみながみなきれいというわけにもいかず、よってどうしてもきれいな方を選択してしまうのは人のエゴ。エゴと分かっていて、なおきれいな虫に惹かれて足を運んでしまう自分は、実にデキテイナイ人間ということになります。(ナハハ…)

梅雨どきの美しい虫となると、やはりミドリシジミの森に通わないわけにはいきません。
いわゆるゼフィルス(ギリシャ神話での「西風の神」だそうな。なんでこの神なんだろうか?)と呼ばれる樹上性の小さなシジミチョウの仲間は、いずれもその美しさをもって、通人のココロを惑わせる、そうした意味では妖しげな魅力ある虫たちです。全25種類(日本産)。ただその25種を極めるには、日本全国飛び歩かねば成立しません。遠くに行かない私なぞは、せいぜい6種ほどしか見ていないのですが、世の中には強者もけっこういて、すべて極めましたという奇特な(失礼!)御仁もけっこういるやに聞きます。いやはやなんとも羨ましいことです、というのが本音かな。

今季、何度か足を運び、3度目にしてようやくそのきれいな翅表を見ることができました。時間帯だとか気象条件だとか、なにかと面倒くさい虫なんです、この連中は。
朝の30分ほどしかミドリシジミのショーは続きませんので、他の虫も探します。
お、いました。今季も会えて嬉しいなあ。水辺の林の貴公子、彼の名はモノサシトンボ。
誰も目を向けないけれど、実はこんなにも輝くわずか数ミリの小さな小さなハエは、アシナガバエの仲間。

ミドリシジミ モノサシトンボ アシナガバエの仲間

アオイトトンボはいつも翅を開いてとまります。
森のすぐ外では、蜂界のプリンス、オオセイボウ。
足下を見やれば、ツバメシジミ。

アオイトトンボ オオセイボウ ツバメシジミ

今季撮った虫たちの、これはまるでフッションショーか何かのようですね。


さて、虫なんぞどこにでもたくさんいるように思われる方も多かろうと思いますが、鳥や獣と同じように、環境の変化にとても弱くて、絶滅危惧種に指定される昆虫類もかなり多いのです。

例えばオオセスジイトトンボは、図鑑ではこう記されています。 
【国内では東北地方や新潟県、関東地方に局地的に分布するが、近年減少しており、現存産地は少ない。】 (文一総合出版「日本のトンボ」より)
実は私の住む隣町に、このトンボが棲息するフィールドがあったのです。フィールドなどと記すと、いかにも自然度の高い場所を想像しがちですが、なんのことはない、住宅地をすぐ脇に控えた、蓮が繁茂する小さな池なのです。昨年まで、毎年のように7月の声を聞くとこの蓮池にお邪魔して、オオセスジイトトンボを撮影してきました。年により多い少ないはありましたが、まあ行けば必ず見ることができて、このトンボが絶滅危惧種TB類に分類されているとはにわかには信じられないような心持ちでいました。同場所には、これもまた絶滅危惧種TB類のオオモノサシトンボも少数ながら棲息していて、考えようによってはまるで「奇跡の池」のようではあったのです。上記の図鑑にも、こう記されています。
【利根川と信濃川下流のデルタ地帯など本州の限られた地域にのみ分布し、近年産地は激減している。】

ところが。

「奇跡の池」のようであった、と過去形で記しました。本当に本当に残念なのですが、この「奇跡の池」は、今年本当に過去のものとなってしまったのです。

上記とは違う隣町に、昔から鳥やトンボで有名な古い沼があります。沼は二つあり、片方には沼の三分の一ほどを覆う蓮が繁茂していました。季節になるとそれはそれは美しい花が咲き乱れ、周辺の住民の目を楽しませてきたのです。
兆候は一昨年に現れ始めたのだそうです。蓮がどうも少し減っているねと、住民たちや環境を保存しようとする関係者たちが話し合っていた、その翌年、つまり2016年に蓮は一気に消滅してしまったのです。今季、私も見に行きましたが、蓮はまったく回復していません。
ミシシッピアカミミガメやアメリカザリガニは外来種で、爆発的にその数を増やしていることは周知の事実ですが、この両種は蓮の芽などを食べてしまうので、それが要因かと疑われました。が、考えてみればこの両種、ずっと前から沼には棲息していたわけですから、それが昨年たった1年で蓮を全滅させたとはちょっと考えにくく、病気や土壌の問題もないか調べてみる必要があるとのことです。
実は蓮の一気の消滅は、琵琶湖や福岡県の舞鶴公園などでも起きていて、やはりはっきりした原因は分かっていないようなのです。

で、恐れていたその“一気の消滅”が、あのオオセスジイトトンボとオオモノサシトンボの蓮池でも、今年起きてしまったのです。例年よりも少し早い、6月末にちょっと様子を見に行ってみたら、目の前にあるべきはずの蓮の葉が一本・一枚たりともないのです。実はコンクリートで護岸された蓮池だったのですが、蓮の葉で隠されていた無機質のコンクリート護岸が否応なく目に入り、わずかに数頭のアメンボが水面を揺らしているだけでした。何もないがらんとした黒っぽい水面を目前にして、私は言葉を失いました。

「嘘だろう…」

池の脇には水路が流れていて、過去にはここでも両種を見ることができたので、1時間半あまり血眼になってその姿を求めましたが、両種どころか、どんなイトトンボも認めることはできませんでした。両種と同じく蓮池に産卵するクロイトトンボやベニイトトンボも数多く見られた昨年までの姿は、もはや完全に、しかも一気に消滅してしまったのでした。
この美しい両種のイトトンボは、もうここでは永久に見ることは叶わいのです、おそらくは。
(写真は2014年・2013年に撮影)

オオセスジイトトンボ オオモノサシトンボ


これも“常ならず”なのでしょうか。だとしたらなんと悲しい“常ならず”なのでしょう。
来季以降、私はもうこの町には行かなくなってしまうのでしょうか。そしてこれもまた“常ならず”なのでしょうか。

大好きなフィールドだったのに…

(了)