≪スタッフ・有志の連載≫
 <第61回> 風の音にぞ…
 ============ by 漂鳥

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  第61回 鷹見紀行
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あれほど暑かった今年の夏も、秋の彼岸を迎えれば昔からの言い伝えどおりその勢いは衰え、苦しいほどのあの暑さが、早くも忘却の淵へと追いやられるようです。

さて秋の彼岸といえば、長野県は白樺峠に鷹の渡りを見に出かけます。もはやこの壮大な光景を見ないと秋が始まらないとでもいうように、私のなかで恒例の、そして大切な“行事”となっています。
この白樺峠、「信州ワシタカ渡り調査研究グループ」のご努力により、多くのファンが観察できるように峠を雛壇状に設えていただいています。お陰で数百人のバーダー・カメラマンがやって来ても、なんとか観察場所を確保できるまでに至っています。ただ近年は、このお彼岸の連休に人が集中して、朝かなり早く行かないと場所がなくなるというジレンマも。今年は少し出遅れて8時ごろ現地に着いたら、峠は人人人で足を踏み入れる余地がありません。まあそれでも端っこの方で、木立が少し景観をじゃまする所になんとか滑り込ませてもらいました。

一昨年の本通信にも記しましたように、サシバやハチクマに代表される秋に鷹が渡る代表的なルートがあります。日本海ルートがこちら。
北海道⇒青森・竜飛岬⇒日本海沿い⇒新潟中越エリア⇒長野県白樺峠⇒琵琶湖南岸⇒瀬戸内海⇒九州⇒東南アジア
もう一つの大きなルートが太平洋ルートになります。
関東⇒太平洋岸沿い⇒伊良湖岬⇒紀伊半島⇒四国⇒九州⇒南西諸島⇒東南アジア
サシバ雌成鳥 サシバ雄成鳥 サシバ・上昇気流に乗って

「日本野鳥の会」が発行する「野鳥」の9.10月後の表紙を飾る、戸塚 学氏によるサシバのものすごい写真は、太平洋ルート上の伊良湖岬で撮られたものでしょう。そういえばBIRDER紙10月号の表紙もハチクマでしたね。やっぱり初秋ともなれば、渡りの鷹の特集を組まないわけにはいかないのでしょう。
その「野鳥」紙の最新号をご覧になった方は多いことでしょう。越冬地であるフィリピン北部・ルソン島では、春に38,000羽ものサシバが集結するそうです。ところが驚いたことに、ここでは密猟が盛んで、毎年5,000羽にも上るサシバが捕えられていて、1羽110円程度で食用に売り買いされてきたという現実があったことです。しかしながらここ2年ほどの熱心な保護活動の結果、密猟はほとんど行われなくなったとのこと。まずは一安心といったところでしょうか。
もっとも1960年代には、渡る鷹の中継地である宮古島でも大いにサシバが狩られ、食料やペットにされていたのだそうです。しかしここでも保護運動が展開され、2010年頃までには密猟はほぼなくなったそうです。まったくいろんな時代があるものですが、そうした熱心な保護活動がなければ、サシバの数は激減していたことでしょう。鳥を保護しようとする人々の熱意には頭が下がるとともに、いまこうして渡りの鷹を見られることに、感謝しなければなりませんね。

さて、当日。やっと確保した場所でカメラを用意し、椅子を広げ、鷹の出を待ちます。幸い天気はまずまず。上昇気流も起きていることでしょうから、鷹たちが飛び始めるのも時間の問題のはず、だったのですが…。 1時間、2時間、3時間待っても鷹は現れません。かろうじてツミらしき鷹が1羽通過したのみ。ツバメ・アマツバメは上空高く飛んでいますが、鷹は現れません。
一抹の不安がないわけではなかったのです。実はこの日から遡ること4日前、記録によればなんと4,138羽飛んでいるのです。おそらくこの数字は今季のピークになるでしょう。すると残っている鷹の数はどうなるのだろう?季間通して12,000〜13,000羽ここを通るから、昨日までですでに9,000羽前後飛んでいるから…。
ああ、考えているとどんどん悲観的になっていきます。まったく幸運なことに、昨年まで毎年ほとんどピークの日にここへ来ていたのに。ああ、ダメかも知れない…、ああ…

飛ばない鷹を待っていても時間を持て余すばかり。この峠にはマツムシソウが多く咲いていて、いろいろなチョウがやってくるので、カメラに短いレンズを付け替えて見に行きます。
おや、クジャクチョウがいるではないですか。昨年もいましたが一頭だけでした。でも今季ときたら、見える範囲で5頭も6頭もいます。平地では決して見られない美しいこのチョウを撮らないわけにはいきません。 さらに渡るチョウとしてよく知られているアサギマダラを撮ります。
クジャクチョウ アサギマダラ アサギマダラ

午後になりました。たいしてお腹もすいていませんが、暇なのでおにぎりなどぱくつきます。
と、稜線の向こうから、やっとサシバが1羽現れました。その後もポツポツと飛び始め、やれやれこれでボウズは免れたかと胸をなでおろします。
そうこうしている内に鷹の数は増え始め、“鷹柱”らしきものも見えます。4,000羽前後を観察した一昨年や昨年のような空を覆う壮大なショーというわけにはいきませんが、なんとか途切れなく鷹たちが飛び続けてくれます。ハチクマも混じるようになりました。うん、これぞ鷹の渡りです。今年初めて来たという隣の若者は「スゲーなあ、スゲー。こりゃはまるわ」と呟きながら、懸命にシャッターを押していました。
ハチクマ幼鳥 ハチクマ雄成鳥 ハチクマ雄成鳥

良い時間帯には、鷹たちは正面からどんどん近づいてきては、ギャラリーの真上を飛んで行きます。その都度みんなアーとかウワーなどと嘆息を漏らしながら、瞬きも忘れて上空に見入ります。それが途切れずにつぎつぎとやって来ますから、もう皆さん至福の世界に浸りきります。おいおい、どれを撮っていいのか分かんねーよ、などと贅沢を言う輩も。
そうして1時間半ほどもショーは続いたでしょうか。その後は潮が引くように鷹の数は減り、空は曇り、やがて静寂が峠に訪れました。後から記録を見ると、1,589羽の鷹が通過して行ったとあります。今季2番目の数字になります。まあ、ずっと続いている幸運は、今季も継続されたと言っていいでしょう。夕刻、私は峠を下りました。

車中泊した翌日も、予報に反して朝は快晴。これを見て、迷わず今日は乗鞍岳行きのバスに乗ります。
ホシガラス、カヤクグリ、イワヒバリ、運が良ければライチョウ…、などと妄想が広がります。それになんといっても2,500m〜2,700mの中腹に広がる紅葉が楽しみです。平地よりも一足も二足も早い紅葉を見るという贅沢!
バスはどんどん標高を上げていきます。するとどうでしょう、ダケカンバの黄色、ナナカマドの赤が見事に陽に映えているではないですか。あ〜、来てよかったです。

鳥はいるかな?
遠くて遠くて…、でもなんとか収めました。


ホシガラス イワヒバリ 秋のチングルマ

こうして2日間の旅が終わりました。現地で知り合った方々との鳥談義も楽しいものでした。翌日の乗鞍でも顔を合わせたりで、お互いの顔がほころびましたね。
山はいいなあ、自然が大きいなあ。
ロクでもないような日々を過ごしていて、なんだか憂さばかりの人生でも、こんな光景に出会えば、それでもやっぱり生きてみるもんだなどと、どうして肯定的な感慨を持つのですから、自然というのはまったくもって偉大ですと思わざるをえません。

(了)