≪野鳥観察情報≫
   バードウォッチングのミカタ
 ======== by 松田 道生さん

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  第80回 見えないものが見える目
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「ここにメスアカミドリシジミの卵がありますね」とE村さん。

これは、日光での自然観察会でのことです。森の中で1本の木の枝先を指さして教えてくれました。たしかに、双眼鏡を逆さにして見ると、ぽつんと小さなチョウの卵がありました。チョウは食草が決まっているものがあるので、当たりをつけることはできると思います。そうかといって、すべての食草に卵があると思えませんし、その木の中の1本の枝を特定できるものでしょうか。E村さんに、おたずねすると「こういうところにある」との返事でした。

私にとって、E村さんは日光の自然の先生です。チョウはもちろん植物から気象まで、なんでも知っています。たまたま鳥のことを知らないため、私の存在理由があることになります。

同じくE村さんは、いちめんに生えたカタバミの群落から1枚の葉をひっくり返して、「ここに○○シジミ(名前を忘れてしまいました)の卵がある」と教えてくれたこともあります。このときも「あると思ったらあった」との返事でした。

彼ばかりではありません。同じ日光の仲間のY成さんの息子さんは、両生類が大好きです。彼が、中禅寺湖のほとりで石をひっくり返し「ここにカジカガエルの卵がある」と教えてくれたことがことがあります。岸辺には、似たような石がたくさん落ちています。そのなかのひとつを拾っただけでした。どうして、その石に卵が付いているとわったのか不思議でなりません。疑い深い私は周りの石にも卵があるのではと思い、あたりの石をひっくり返しましたがありません。彼が拾い上げた石だけでした。

六義園の心泉亭でカラス問題の打ち合わせをしたことがあります。このとき、K藤さんの旦那さんが、地面を指さし「ここにトタテグモ」の巣があると言って、小枝を土に差し込んで「ほら」と巣の蓋を開けて見せてくれました。蓋は、閉じると私にはどこに巣があるのか、わからなくなるほどの地面とそっくりです。

このときも、どうしてそこにあるのがわかったのか聞きましたが、返事は「あると思ったらあった」でした。

このような話をすると「バードウォッチャーだって、普通には見えない鳥を見つけている」と言われます。友人知人と歩いていて、私が鳥を見つけると皆も同時に見つけて観察しています。また、野鳥の動きや姿だけでなく鳴き声にも反応して見つけ合うのは、ベテラン同士のバードウォッチングの楽しみです。

もちろん私より先に鳥を見つける人はいくらでもいます。「よくあんなところにいるのを見つけたなあ」と思うことはよくあります。そういえば、以前いっしょに日本でバードウォッチングをしたオーストラリア人のガイドさんは、すごかったですね。河原のじっとしているイカルチドリ。夕方、暗くなったのに遠くにいるミソサザイを見つけました。彼の目の良さには何度も驚かされました。まさにゴットハンドならぬ、ゴットアイの持ち主でした。

そして、長い人生の間には、仕事や家庭のことでバードウォッチングから離れ、定年後、あるいは子どもが独り立ちして、またバードウォッチングを再開した知人もいます。異口同音に「鳥を見つけるカンは、自転車の運転と同じように一度おぼえたら忘れない」と言われます。この技、一度身につくと生涯、忘れることのできないものなのでしょう。

この技を身につけ磨く方法は、入門書にも書かれていないことだと思います。

まず、基本は知識を身につけることだと思います。チョウの食草を知っていたり、カジカガエルがどういうところに卵を産み、トタテグモがどのようなところにいるのかといった知識がベースになくてはわかりません。鳥ならば、この季節にはこれがいる、この鳥ならばこのような環境を好む、と言った知識です。

また、チョウを見つけたければ食草があるのですから植物の名前も知らなくてはなりません。鳥も、どの実を好んで食べるのか、どういう種類の木に巣を作るのかと鳥以外の生き物や自然の知識へとどんどん広がっていくはずです。

こうした知識を付けるために、自然の仲間たちも捻り鉢巻きで勉強したのではないと思います。少なくとも、私は真面目に勉強した記憶はありません。好きだから、いつの間にか身についた知識だと思います。好きこそものの上手なれの言葉通りです。

あとは、経験でしょう。ベテランと歩いて教えてもらうということもあると思います。とにかく場数を踏むこと、フィールド経験を積み重ねることではないでしょうか。

鳥を見つけられなければ、写真を撮るにしても録音をするにしてもできません。まずは、基本中の基本、見つける目を養うために知識を得て経験を積むことを考えてください。