≪スタッフ・有志の連載≫
 <第62回> 風の音にぞ…
 ============ by 漂鳥

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  第62回 初冬の愉悦
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晩夏から初秋、そして中秋から晩秋、初冬を経て厳冬期へ…。
季節はまた廻ります。

命が萌え出ずる春ももちろん素敵な季節です。でも個人的には、身近な木々の葉や草が徐々に褪せたような色合いに変わってゆく、晩夏から初冬へと少し侘びた季節がことのほか好みです。これといって特徴のない錆びれた風景が、手練れの手によって描かれたり写されたりすると、たちまち見る人の琴線をかきならしてしまうのにも似ているでしょうか。

初秋から中秋にかけては、まるで日本画のモチーフのような、里の秋草にとまるノビタキをずっと追いかけていたのは毎年のこと。そのノビタキが渡ってしまうと、暫くは自失したように茫然と日々を過ごすのも毎年のこと。やがて時がその喪失感を癒し、気を取り直したように晩秋のフィールドへと私は足を運びます。
まずは華麗なる紅葉を少し味わいましょう。
ニシキギの紅葉 同 左 サザンカ

次に“秋の恵み”の形容もお似合いの、今年もたわわに生った柿の実のもとに集う小鳥たちを観察します。
やって来るのはヒヨドリ・ツグミ・シロハラ・シジュウカラ・エナガ・メジロ・コゲラ・アカゲラ(なんとアカゲラも柿を食します)などの里の鳥の常連たちですが、運が良ければマミチャジナイを見ることができます。
柿は食べませんが、カケス・ジョウビタキ・シメ・ホオジロ・カシラダカなどもよく顔を見せます。小鳥類が豊富だということで、時おり上空をオオタカやハイタカが飛びます。

コナラ・クヌギ・イヌシデ・ムクノキ・エノキなどの落葉広葉樹の雑木林の小道に、厚く降り積もったそれらの木々の葉をかさこそと踏みしめながら歩いた先にぽっかりと口を開けたような空間があり、そこに3本、それぞれ少し距離を置いて立っている柿の木があります。まるで古来からそこにおわしますというような、少し神寂びた風情で立っているその3本の柿がよく熟れると、甘く滋養に富んでいるであろうそのご馳走を求めて、小鳥たちが入れ代わりにやって来るのです。柿の品種には暗いのですが、小粒で、かつ他の品種よりは熟すのが遅く、12月も半ば近くにようやく鳥たちを呼ぶようになります。

好きなメジロは案外つれなくて、ほんのたまにしか顔を見せてくれません。
この地を「ツグミの里」と密かに名づけている、それほどここへは毎年多くのツグミがやって来るのですが、今季は極端に数の少ないツグミが、ようやくファインダーに収まります。
ふだん暗い林床で落ち葉をひっくり返しながら虫を探すシロハラも、意外にも柿を食べます。
メジロ ツグミ シロハラ

ここに人が来ることはありません。野鳥たちと私だけがいる。まるで外界から隔絶されたような奇跡のような空間。そして流れる濃密な時間。…
ただしここの小鳥たちは、正に野鳥の中の野鳥、つまりとてもとても警戒心が強く、30m近く離れていてもこちらが姿を見せたり落ち葉を踏む音を聞かせてしまうと、たちまち彼らは飛び去ってしまうのです。ひとたび去ってしまえば、少なくとも30分はやって来ません。ブラインドにでも入ればいいのでしょうが、ヤマセミなどならともかく、身近な里の小鳥を見るのになんだかそれも大げさに過ぎて好ましいとも思えないので、大きめの樹木の陰に隠れるように座って待ちます。
でもその待ち時間が少しも苦ではありません。今度はどの枝にどんな小鳥が来るのか、そんなことを考えているだけでなんだか無邪気になってしまう自分。誰かに見られたら気恥ずかしい様子ですが、なに、どうせ誰もいないのだからと一人悦に入ります。

ミュージカル映画「サウンド オブ ミュージック」でジュリー・アンドリュースが歌った「My favorite things(私のお気に入り)」は、不朽の名曲であると個人的に思っています。劇中、マリア先生のお気に入りはこんなものたちだと歌います。(本通信でこの歌を引用するのは、確か二度目だったこと、ご了解願います)

バラの花びらに落ちた雨つぶ 子猫のひげ
ぴかぴかの銅製のやかん 暖かい毛糸の手袋
ひもでくくられた茶色の包み(贈り物)

クリーム色の仔馬 ぱりぱりのアップルパイ
ドアベルやそりに付けられたベル 麺を添えた子牛のカツレツ
月を背に 懸命に羽ばたく雁たち

これみんな私のお気に入りの一部なの
だからね 犬が吠えても ハチに刺されても
とっても落ち込んでいるときでも
私はそんな“お気に入り”を思い浮かべると 気分が持ち直してしまうの

なんとも愛らしい歌詞です。いかにもヨーロッパの女の子が好みそうな“お気に入り”のいちいちですが、詩はリチャード・ロジャースという男性によるもの。ちょっと驚きです。さらに以後の歌詞の中には“鼻の頭やまつ毛に雪片が乗っていること”なんていうくだりも。男子の発想とは思えませんね。
歌詞も素敵なのですが、なんといっても音が上下にポンポン飛ぶメロディーラインがポップで印象深く、一度聴いたら耳から離れないようなのです。JR東海のCM「そうだ、京都行こう。」のBGMに使われているメロディーといえば、お分かりいただけるでしょうか。
 
転じて、ハチに刺されても不快でなくなるほどの自分の“お気に入り”は何かなと考えてみます。ハチの痛みに勝てるかどうか自信はありませんが、この広い世界に自分だけの“秘密基地”があって、そこで一人好きな野鳥と、しかも警戒心も露わに、決して人に媚びたりしない野鳥らしい野鳥と過ごす時間こそは、間違いなくその“お気に入り”の一つには違いないのです。「愉悦」などという非日常的な熟語が、思わず浮かんでしまうほどに。

ところで初冬と書くと、まだそんなに寒さを感じない印象でしょうが、この間までよく飛んでいた越冬蝶をはじめとした昆虫は少しも見当たりません。でもふと足元を見たら、小さなハエが私の黒のカメラバッグにとまっています。ところが何気なく手で振り払っても、ハエは少しも動きません。もう一度手を近づけても、ハエはわずかに身震いするだけです。昆虫はもちろん変温動物ですから、体温が下がれば思い通りには動けなくなるわけです。(このときの気温6℃でした)でもそんな理屈ではなく、目の前のハエが動かない・動けないという事実がなんとも不思議でならず、否応のない季節の移り変わりを思わないではいられません。

おっと、また鳥が来ました。
春の花の頃ならばレンズを向けることもありますが、ふだんはなかなか意に介さないヒヨドリも、ふむ、なかなかではないですか。おや、エナガ。うまくファインダーに収まってくれました。
ヒヨドリ エナガ モッコクに来たコゲラ

本通信が届く1週間ほど前にまたこの地を訪れてみたら、幸いなことにツグミはずいぶん増えていました。到着が遅れる何かの理由があったのでしょう。
そして師走ももう後半、厳寒期へと移行してゆきます。これからは色味をほぼ失った冬ざれた景色が眼前に広がることになります。そうした風景に誘われるように、冬の鷹や小鳥を見に荒野のような野面に立ち尽くしてみたいという“お気に入り”とはずいぶん異なる、妙にニヒリスティックな願望が私を支配してゆくことでしょう。
モズ ミサゴ ノスリ

(了)