≪野鳥観察情報≫
   バードウォッチングのミカタ
 ======== by 松田 道生さん

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  第85回 自然は癒やさせるか
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すぐ前を歩いていた仲間が「クマだ!」と叫んで、私の横を走って逃げて行きました。

私もその後を追い、後から来た数名の仲間と合流して、まずは安心しました。叫んだ人は、真っ青になっていました。あとで、彼がクマを見た場所に行くと大きな足跡がありました。栃木県日光で山を歩いていると、こうしたツキノワグマとのニアミスが良くあります。なにしろ、日光の鳥仲間が自宅で庭仕事をしていたら、ツキノワグマが歩いて行くのが見えたという土地柄です。

そんな話を聞くと、1人で山道を歩く時はとても緊張します。森に入る前に落ちている枝で木の幹を叩いて大きな音を出して人のいることを知らせます。耳と目はもちろん獣の臭いがしないか、たえず周辺に注意を向けます。クマ除けスプレーを持って行きますが、はたしていざというときに使えるか不安です。

しかし、実際に怖いのは大きなクマより、小さなマダニやヤマビルです。

マダニに刺されて太ももが大きく腫れたことがあります。マダニは、いろいろなウィルスを持っていて死亡例のある感染症が報告されています。とにかく刺されないようにしなくてはなりません。

噛まれると血が止まらなくなるヤマビルもやっかいです。ズボンの裾が血で真っ赤に染まって気が付きます。カットバンは効かず、タオルで縛り血が止まるまで何時間も待たなくてはなりませんでした。

日光でのTV取材で若いディレクターがブヨに刺され、手はグローブのようになり顔もぱんぱんに腫れてしまったことがあります。病院に担ぎ込んで、ステロイドの点滴をうってもらいました。アトピーがあるために重症になったようです。

私が、奄美大島の取材でオオトラツグミのさえずりを録音していたときです。録音機を持つ手に黒い小さな点があることに気が付きました。よく見ると、小さな虫なので放っておきました。しかし翌日、手はグローブのように腫れ身体もだるくなり、1日ぼんやりしていたことがあります。あとで、地元ではブトゥと言われるブユの仲間、正しい和名はアシマダラブユのようです。教えてくれた宿の従業人は、やはり点滴を射つほど、症状がひどかったそうです。

こうした危険は、自然の豊かなところばかりではありません。都会の公園でも、肌を露出していれば蚊に刺されます。私は、夏でも長袖シャツに長ズボンです。その上、携帯用の蚊取り線香を腰にぶら下げ、蚊よけのジェルを露出した部分に塗ります。それでも、刺されます。温暖化の影響で、秋になっても蚊が活動していて気は抜けません。

蚊ならば痒い程度ですみますが、怖いのはスズメバチの仲間です。アレルギーのある人は命に関わります。都会の公園でも春から秋は必ずいます。多くの人は気が付きませんので、ひやひやします。スズメバチに遭遇したら動きを止めてそっとしゃがみ、スズメバチが飛び去るのをじっと待つしかありません。手で追い払ったら、かなりの確率で刺されますのでご注意を。

山道の足元は、でこぼこしていてつまずくかもしれません。カメラなどの機材を持って転ぶと、つい機材を守り腕や足の骨を折ってしまいます。私が知っているだけでも数人のカメラマンが骨を折っています。

いつ、大きな枯れ枝が上から落ちてくるかもしれません。林業関係者にバードウォッチャーは、なぜ森に入る時にヘルメットをかぶらないかと聞かれことがあるほど、枝落ちは良くあります。

急に天候が変わって雷雨になることもあります。逃げ場のない落雷は、砲弾飛び交う戦場のように怖い思いをします。暑いと熱中症になるかもしれません。寒さは低体温症の危険があります。高齢者であれば、ヒートショックも心配です。このように、自然のなかは危険がいっぱいです。

ですから、私は自然に癒やされることはありません。

自然を知れば知るほど、自然のなかに入る時は緊張感を強いられます。自然に癒やされると思っている人は、本当の自然の中に身を置いたことがあるのでしょうか。または、自然や生き物たちの知識がないのではと思ってしまいます。

それでも、なぜ自然の中に行くのか。これらの危険を知っていてもなお自然の素晴らしさ、魅力に惹かれるからです。