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第19回 自然のなかでの緊張感
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以前、イーデス・ハンソンさんと婦人雑誌の企画で対談をしたことがあります。
ハンソンさんは、タレント家業のかたわらエッセイストとしても活躍しているマルチな方です。このときの対談のテーマも、彼女が和歌山県の山里に移住して田舎暮しを楽しんでいることから、私と自然の素晴らしさを語り合うという趣旨のものです。
企画した編集者としては、自然は”癒し”。自然のなかでのんびりと暮らすハンソンさんと自然のなかでバードウォッチングを楽しんでいる私を対談させ、読者に自然の癒し効果を伝えたいという意図でした。
しかし、対談が始まると2人は、自然の厳しさ、辛さの話ばかりになりました。ハンソンさんは、田舎暮らしといっても本格的な農耕をしていますから、野生動物との戦いに明け暮れていますし、天候による農作物のコントロールに毎日腐心されているのです。
私も、日光でのクマとの出会いから、思うようにならない野鳥の観察や録音の苦労の話、自然のなかに入ったら癒しどころか緊張のしっぱなしなのですから、編集者が横で困った顔をしています。ときどき、話を自然の素晴らしさの方向へ軌道修正させようと「自然は良いですね」みたいな質問をするのですが、ハンソンさんに「自然はそんな甘いものではない!」などと一括されて話はもとに戻ってしまいました。
多くの方は、私が「自然が好きだ」「これから山へ行く」と言うと、「それは素晴らしことですね」と、うらやましいというニュアンスのリアクションをされます。しかし、私が自然のなかに身を置いたとき、ハンソンさんとの対談のように緊張をして、ある意味、疲れます。
なぜなら、山の天気はいつ急変するかもしれません。大雨による増水、雷が怖いです。また、ばったりとクマに会うかもしれません。ダニに刺されるかもしれません。実際、ダニに刺されて太ももが腫れたこともありますから、注意していても避けられないことでもあります。冬ならば、私が以前、歩いたところで雪崩があり、死亡事故にまでなったことがあります。先週の山歩きでは、目の前に大きな岩が音を立てて落ちてきて弾けました。あと、10m先を歩いていたらと思うとぞっとします。
かくゆう、自然は厳しいものなのです。そして、自然のなかは危険がいっぱいです。どこが癒しになるのでしょう。私は、自然のなかに入ったら緊張のしっぱなしで、それだけに疲れるのです。
それなのに、何で私は自然のなかに出かけるのでしょうか。ハンソンさんは、何でそんな野生動物の多いところで野菜を作るのでしょうか。
都会の生活では、緊張感は欠かせません。駅で人にぶつからないように歩くだけでも緊張します。自動車に注意しながら、歩く細い道は、本当に怖い思いをします。しかし、都会生活者に取ってみれば日常のことですから、どうってことはありません。あっても、それを乗り越えないと生きていけないのですから、やもうえないというところもあるでしょう。
自然のなかでは、都会とは違う意味ので緊張感が必要になるわけです。私は、この都会と自然の緊張感の切り替えがなかなかうまくできません。そのため、疲れることがあるのですが、知人の中にはその緊張感を楽しんでいるかのように見える野人的な人もいます。
自然のなかに入ったら「気持ちが良い」、それだけに意識が弛緩し癒しを求めてしまいます。しかし、自然のなかに入ったら緊張して欲しいのです。緊張感を持ち続けなくてはいけません。
その緊張感を意識しないで自然にできるようになれば幸い、さらには楽しめて、それでも気持ちが良いと思うことでほんとうに自然を楽しめると思うのですが、いかがでしょうか。
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