≪野鳥観察情報≫
   バードウォッチングのミカタ
 ======== by 松田 道生さん

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  第14回 載勝騒動
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目の前のカエデの枝にとまった大きな鳥。細くて長い嘴、そして冠羽が後ろに伸びた特有のシルエット。「なんでヤツガシラが六義園(東京都文京区・2009年5月13日水曜日)にいるの!?」と思った瞬間に飛び立ってしまいました。これが、これから始まる騒動のきっかけでした。

数分前にすれ違った常連バードウォッチャーのオジさんにまずは電話、合流して2人で探します。探しながら彼は六義園の常連バードウォッチャー6人に電話。私は2人に電話をしました。

ところが、ヤツガシラがなかなか見つかりません。1時間ほどして顔なじみがそろった頃、池のなかにある立ち入り禁止の中之島にヤツガシラがいるのを発見。とりあえずは、皆で見られて良かったねと、私は昼食に。

この日の午後もう一度、六義園に行くと20人ほどのバードウォッチャーが、中之島にいるヤツガシラを見ていました。ところが、業者が中之島の芝生刈り作業を始めようとしています。六義園サービスセンターに珍しい鳥がいるから芝刈りを中止して欲しいと頼み込みました。業者は不満げでしたが、ありがたいことに芝刈りは延期となりました。これで、明日いなくなれば「昨日まで居たのに・・・」という私がよく聞かされるセリフを今度は言う番だと、この日は終了。

ところが、翌日(木曜日)もヤツガシラはいました。そして、その日にバードウォッチャー、カメラマンを数えた時は20人。出入りがあったことでしょうから50人程度が来たのではないでしょうか。それでも、一番近くで撮れる中之島に通じる橋の袂では、場所取りでケンカもありました。「前の人、頭下げてよ」とかなりきつい言い方。それを受けて「後から来て文句いうな」と売り言葉に買い言葉の応酬。私が見ると、頭を下げろと言った人の三脚のエレベーターは上がっていないのです。私が「エレベーター上げたら」というと、周囲から失笑がもれました。いつ飛んでしまうかわからないヤツガシラに気がせくのはわからないでもありませんが、礼儀も忘れ機械の操作も忘れてしまうものなのでしょうか。

問題は、この三脚でした。1人、芝生に立ち入って三脚を立て撮影をしようとする人がいて注意をしました。しかし、偉いなと思ったのは多くの人が芝生を痛めてはいけないと三脚を順路に立てていました。ところが、順路が狭くなり他のお客さんが通れなくなってしまったのです。六義園サービスセンターと相談して、三脚を芝生の中に入れて立てるように交通整理。このあたりになると、何で私がそこまでやらなくてはならないのと気持ちになってきました。

そして、3日目(金曜日)。私が開園前の8時30分に行くともう門の前には行列ができていました。後で職員に聞くと、7時過ぎに来たらもう並んでいたとのこと。この日、午前中に数えた人数は250人。入れ替わりがありますから、400〜500人は来ていたかもしれません。

くだんのヤツガシラは初夏の日差しの中、芝生でさかんに虫を捕らえては食べています。ときどきマツの木にとまっては休み、さらにはギャラリーの頭の上を飛ぶなどのサービスもあって、来た方はかならず見られたはずです。

六義園は、花見や紅葉のシーズンには最高1日24,000人が入園したことがあります。その経験からすれば数100人は、私も職員もどってことないと思っていたのです。ところが、24,000人は流れていく数。ヤツガシラ目当ての250人は、数は少なくても三脚を立てて長時間そこにいるのです。これでは想定外、他のお客さんに迷惑です。静かな日本庭園の探索に訪れた人にとっては、ぶちこわしの風景です。

翌日(土曜日)の対応を六義園サービスセンターと相談をして、三脚の禁止、橋の袂も狭い所に集中するので立ち入り禁止ということを決め、センター長は公休にかかわらず出勤するとのこと、そして三脚禁止になるというチラシを配ったり、立て札を立てて夕方を迎えました。

この日は、閉園時間を迎え後かたづけ。ところが、なかなか出ていかない高齢の女性がいるのです。職員が退園をうながすと「私のところに連絡が来たのは3時。1時間しか撮影できなかった」と逆ギレしています。まあ、こういう方には私も連絡は後回しにしますね。

悪い話ばかりではありません。職員に「ありがとう」と言っていく人は何人もいました。さらに1人の高齢の男性が「素晴らしい鳥を見せていただき写真も撮ることができました。ありがとうございました」と、深々と頭を下げているのを見たときにはこの2日間の疲れが飛ぶ思いがしました。私の顔を知っている人も感謝の言葉をかけてくれて、見つけてよかったという気持ちにもなりました。

六義園の職員からは「鳥の方は皆さん、お行儀が良いですね」とお褒めの言葉もいただきました。多くの人が去った後も、ゴミは落ちていませんでした。ただ、人が多ければそれだけマナーの悪い人もいるし、大きな声でしゃべる迷惑な人がいることになります。

翌日、私は数日吹いていた北風が南に変わるので、ヤツガシラは渡り去るだろうと予想。念のために開園1時間前に六義園に行くと、すでに30人並んでいます。そして、中之島はもとより園内を一巡してヤツガシラを探しましたが見つかりません。

入り口には「現在、ヤツガシラの姿は確認されていません」の張り紙を出しました。それでも開園と同時に100人ほどが、中之島を見渡せる芝生に並びました。

3日間で少なくとも500人の人が、ヤツガシラ目当てに六義園にやってきたことになります。数人からの情報発信が、3日で多くの人に伝わるこの情報伝達のすごさには驚かされました。この間、「六義園 ヤツガシラ」などのキーワードでググっても常連のブログのみで、そのブログもカウントはそれほど上がらなかったとのことですから、多くはメール、そして見ていると携帯電話で「いるいる」と話していますから携帯電話の普及が大きな要因でしょう。

この騒動は、ひとえに私に責任があります。まず、私にとってヤツガシラはそれほど珍しい鳥という認識がなかったのです。アフリカに行ったときには1日鳴いていました。一昨年の台湾でも何羽も見て、頭の羽を持っています。ようするに世界分布は広く、分布域では普通種。日本では、都内の葛西で偶然見たことがありますし、日本海側の離れ島ではよく出現します。さらには、日本で3例の繁殖記録があるのですから珍鳥の定義からは外れます。

つぎに、どうせ渡り鳥だからすぐに居なくなると思ったことがあります。ふつう六義園に入るホトトギス、オオルリ、キビタキ、サンコウチョウなどの夏鳥は1日で居なくなります。ですから、ヤツガシラも1日で抜けるだろうと思っていたのです。

そのため、情報を管理することを怠ったことになります。見つけた段階で、どうせ見つけてしまう常連のみに「他言無用」ということで知らせるべきだったのでしょう。それでも、漏れることはもれるでしょうが騒動を最小限にとどめる努力をすべきただったと思います。もし、これが繁殖している鳥で長期間にわたる騒動になっていたらと思うとぞっとします。

よく珍鳥出現現場に行った人から「仕切っているオヤジがいてさ」という話を聞き、世の中には嫌な奴がいるものだと思っていましたが、今回は私が嫌な奴でした。誰か憎まれ役が居なければ100人を越える人、それもリーダーのいない集団をコントロールすることが、できないことがわかりました。

たった3日のヤツガシラの滞在でしたが、いろいろなことを学びました。それにしても「鳥がいなくなって良かった」と思ったことは初めてです。