≪野鳥観察情報≫
   バードウォッチングのミカタ
 ======== by 松田 道生さん


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  第18回 還暦と鳥歴
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60歳になりました。たまたま10進法と12進法のキリ番という数字に過ぎないのですが、昔は長生きをする人が少なかったですからめでたい年齢でした。今では、公園で石を投げれば60歳以上のバードウォッチャーに当たるというほど多くなりましたから、別に珍しい年でもなくなってしまったのは残念です。
 
おかげで年をとったなあと思うことが多くなりました。この間も30歳代の女性の編集者と駒込の街を歩いていたら顔見知りのオバさんに「あら、娘さん。奥さんに似てきれいな方」とか言われました。カミさん以外の若い女性と歩いていて、訳ありとは思われない年になったのだとつくづく思いました。

ところで、私は15歳の時に野鳥に目ざめましたので60歳で鳥歴45年ということになります。私の上には、同じく中学からはじめて85歳でお亡くなりになった鳥歴70年を誇る蒲谷鶴彦先生がおりましたから、まだまだひょっ子です。

私が鳥をはじめて5、6年の頃、大学生のときに日本野鳥の会創立25年周年『野鳥』誌200号記念号を古本屋で入手しました。これは、1960(昭和35)年に発行されたもので、338ページもあります。日本野鳥の会は昭和10年に創立、そして戦中戦後という苦難の時代を乗り越えた野鳥とバードウォッチャーの貴重な記録でもあります。当時の日本野鳥の会は財団法人ではなく任意団体で、会員も1,000人足らずの時です。しかし、この特集号からは日本のバードウォッチングの黎明期に活躍した人々の熱気を感じます。

これを読んだ当時の私に鳥歴は数年、25年も鳥を見ている人がいるなんってなんと凄いことなのだろうと思いました。また、四半世紀も鳥を見ていられるなって羨ましいとも思ったものです。

ですから、私が鳥歴25年を迎えた40歳の頃は、20代のバードウォッチャーに「お前がおむつをしてビービー泣いていた頃から俺は鳥を見ていたんだよ」と偉そうに言っていましたし、当時発行された拙著『とんでるバードウォッチング』の宣伝文句は「鳥歴25年の著者が・・・」と出版社が付けてくれました。それを容認したのは、あの『野鳥』誌の特集号が頭にあり25年の鳥歴の重さを感じていたからです。それが、後5年で50年、半世紀も鳥を見ていたことになってしまいます。

よく考えてみると、50年前の日本野鳥の会25周年の頃は、鳥歴が25年の人はそう多くは無かったはずです。会員数から推移しても数100人程度でしょう。中西悟堂や内田清之助は別格ですが、それ以外のバードウォッチャーの多くは日本野鳥の会ができてからバードウォッチングをはじめたはず、それも戦争があったのですから実際はもっと短いことになります。それに、双眼鏡などの機材、交通の便、図鑑などの資料は、今と比べるまでもなく貧弱な時代での鳥歴です。

それに引き替え、ここ25年は高性能の双眼鏡からネット社会の情報量、海外までバードウォッチングに行ける時代なのですから、中身の濃い25年であるはずです。25年前のの日本野鳥の会の会員数は1万人にならんとしておりましたから、鳥歴25年以上の人は1万人近くいるはずです。ならば、もっとバードウォッチング業界が熱気を帯び発展していてもよいはずですが、それがないのはなぜでしょう。

など、世の中にこうした苦言をいうようになったのも年とった証拠なのでしょう。