≪スタッフ・有志の連載≫
 <第2回> 風の音にぞ…
 ============ by 漂鳥

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  第2回 ノビタキの詩(待ちわびて…)
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この頃私の脳裏に流れ続ける二つの曲があります。
ビートルズが歌った"If I fell(in love with you)"のメロディーは切なくて、ジョンとポール・ジョージとのハーモニーもきれいで、「恋に落ちたら」という邦題によくマッチしています。(歌詞は情けないものでいただけませんが)

もう一曲はジュリー・アンドリュースが映画「サウンドオブミュージック」のなかで歌った"My favorite things"です。JR東海のCM「そうだ京都、行こう」でBGMとして使われている曲といえばお分かりいただけるかと思います。

♪Raindrops on roses and whiskers on kittens;  バラにかかった雨のしずくと子猫ちゃんのひげ
Bright copper kettles and warm woolen mittens; ピカピカの銅のやかんに、ほかほかの毛糸の手袋
Brown paper packages tied up with strings;    ひもで結んだ茶色の小包
These are a few of my favorite things.       これが私のお気に入り。

トリッキーなメロディーラインにのせて歌われる、自由闊達で可愛らしく、それなのに洗練された歌詞こそは、世界中の人に愛された所以なのでしょう。

♪When the dog bites,         犬が噛んだり
When the bee stings,          蜂が刺したり
When I'm feeling sad,         それに私が悲しいとき
I simply remember my favorite things,  "お気に入り"を思い出すの
And then I don't feel so bad.      するともう私はだいじょうぶ


9月初旬、私は毎日のようにある鳥を求めて農地をさまよ彷徨った。今年の天候の異変(とにかく暑い)に鳥も私も翻弄され続け、5日経っても1週間を過ぎても鳥は現れない。探せば探すほどに、時間が経過すればするほどに、私のその鳥への"焦がれ"のようなものは増してゆく。そんなとき私の脳裏にメロディーが流れる。一つがIf I fell、もう一つがMy favorite thingsだ。全然会えなくて、ちょっと哀しいときはIf I fellが、さあ今日こそは会えるかなと勇んで出かけるときにはMy favorite thingsが流れる。

鳥の名はノビタキ。小っぽけで地味な、けれども秋色の風景にもっともよくとけ込む鳥。草のてっぺんにとまり花のてっぺんにとまり、明るくはあっても夏の華やぎは薄れた、秋の落ち着いた風情に馴染む鳥。

懲りることなく今日も農道を、足が棒になるまで歩いては近くの遠くの草の上に目を凝らす。でもノビタキはいない。虚しさと徒労感とが哀しみという名の名札をこさえて、私の胸に貼り付く。
ふと足元を見やれば、可憐な秋の草花が咲いている。淡い紫色のノコンギク、薄黄色のアキノノゲシ、白や淡紅色のイヌタデなどに束の間癒される。
   
さらに気をつけて歩くと、可憐で清楚な、これがあの「蓼喰う虫も好き好き」と揶揄される同じ蓼の仲間なのかと目を疑うばかりの花―白花桜蓼(シロバナサクラタデ)を見つける。会えないノビタキが、私をこの花にめぐり会えるようにセッティングしてくれたのかも知れない。救われたような思いが一挙に胸を満たす。この花を愛でる気持ちと同じ量のココロの疲れがあったのらしい。…
   
そしてようやく、ようやくノビタキに会えたのが、彼を求めて12日目だった。いつもの場所に隣接する農地の休耕田の葦原で、たった1羽のノビタキが私を迎えてくれた。その瞬間は喜怒哀楽の思いは一切浮かばず、ただ虚脱感みたいな感覚が私の肩の辺りに降りたった。

暫くはカメラを構えることもなく、彼の動きを目で追った。フライングキャッチをする。気まぐれにどこかへ飛んでいってはまた元の所へ戻ってくる。紛うことなきノビタキの動きだ。
そんな彼の動きに刺激されたか、私は漸く写真を撮る気になった。葦原を見下ろす土手の中腹まで降りて、三脚をたたんでそこに座りこみ、まるでフィルムカメラ時代のように1枚1枚きちんとシャッターを押す。思えばデジスコを始めた頃はそうして撮っていた。フィルム時代の名残りが抜けきらず、パッと導入、カシャカシャと連写なんてもったいなくてとてもできなかった。デジタルなんだから何ももったいないことはないのだが、それでももったいないという気持ちがいつまでも抜けなかった。

焦がれて待ちわびて、いまようやく会えたノビタキを前に、久々にもったいない感覚が蘇った。この鳥を粗末に撮ってはいけない、きちんとゆっくりピントを合わせ、半押しのまま構図を決め、いまある私の精いっぱいの気持ちを込めて撮ろう、ゆっくり、1枚ずつ、パチリ、パチリ…
「お帰り。今年もよく立ち寄ってくれたね。ゆっくり休んでいっておくれ。何枚か撮らせてもらうよ。一所懸命に撮るから、暫くつき合っておくれ」
そう呟きながら私は私の精いっぱいをカメラに委ねて、逆光に佇む彼の姿を収めた。パチリ、パチリ。

と、音楽が流れてくる。若きJohn Lennonが歌っている。
♪If I give my heart to you…
 
   
一度到着したノビタキは日を追ってその数を増し、さんざん歩いた田圃でも、私の自宅から近いフィールドでも見られるようになりました。私は毎日夢見ごこちでそこかしこのノビタキに会いに出かけました。飽きるなんてことはありません。フィールドにより、いえ草の種類により、いえ草1本違っても彼らは違う表情を見せてくれるので、すべて味わいの違う写真が1枚、また1枚と紡ぎだされてゆくのです。風景に浮かび上がるような、または風景にとけ込んでしまうようなノビタキが好きです。名も分からぬような雑草どまりでも、彼は野の鶲(ヒタキ)ですからしっくりとそこへ馴染んでしまいます。

ノビタキはまだ暫くいてくれるでしょう。その間、私はずっとhappyでいられるでしょう。なぜってノビタキはMy favorite thingsの一つなんですから。犬に噛まれたって蜂に刺されたって気分がブルーのときだって、ノビタキを見るだけで思うだけで、もうだいじょうぶになっちゃうんですからね、私は!
 

(了)