≪野鳥観察情報≫
   バードウォッチングのミカタ
 ======== by 松田 道生さん

─────────────
  第27回 鳥への思い
─────────────

前号で申し上げたとおり、珍鳥ポイントに行ったことがあります。もちろん声を録ることが目的ですが、バードウォッチャーや野鳥カメラマンの行動観察も仕事のうちです。

千葉県松戸に出現したキガシラシトドとオジロビタキは、近いこともあって何度か行きました。どちらも餌付けられているのは問題だと思いました。さらに、オジロビタキポイントで餌をやっていた野鳥カメラマンの行動は考えさせられました。

ここでは、オジロビタキとともにジョウビタキも餌付き、人が来ると餌をもらえるかと思って足元までやってきます。また、このジョウビタキは、オジロビタキを追い払います。同じ環境で同じような食べ物を得る種類ですから、競合は当たり前のこと。そこにいた野鳥カメラマン2人は、このジョウビタキを「しっ、しっ」と追い払うのです。他の珍鳥ポイントでも同じようにジョウビタキに石を投げた人がいたと伝え聞いています。モノを投げたら一言いってやろうと思いましたが、そこまではありませんでした。たとえ、餌をもらえると思って近づいてきたとしても野鳥が近くに来てくれるのは、うれしいものです。私は、スズメでも、思わず目尻が下がります。まして、ジョウビタキなのですから、わくわくします。それなのに追い払うのですから、この人はほんとに鳥が好きなのかと疑問に思いました。

餌付けをすれば同じ環境を好む鳥も来て、競合すれば追われるのは当たり前のこと。このことがわからず餌を撒いてしまうとは、あまりにも鳥について知識がないことにあきれてしまいます。そして、来てしまった他の鳥を追い払う心理は、さらに私には理解できません。

この人に欠如しているのは何なのか、ずうっと考えていました。一つの結論として、鳥への思いではないでしょうか。鳥好きを自負する私ですが、鳥への思いをうまく表現する言葉が見つかりません。たとえば”敬愛”でしょうか。あるいは”いとおしいと思う気持ち”でしょうか。愛というとお尻のあたりがこそばゆくなりますが”好き”以上の気持ち、それに尊敬する部分もある感情と言ったら、わかってもらえるでしょうか。

もう少し丁寧に説明します。私は、野鳥が好きであると声を大にして言えます。でも、鳥への思いはただ好きなだけではありません。たとえば、このジョウビタキが小さな身体で海を渡って来るのですから尊敬をしてしまいます。また、渡り鳥でないスズメであっても虫を懸命に探し捉える姿などを見れば、畏敬の念を持ってしまいます。野鳥は、好き以上に愛を感じるくらい好き、それに加え尊敬し、敬意の対象ということになります。多くのバードウォッチャー、鳥好きの方の野鳥への気持ちを言葉でなんとか表現すれば、そんなところだと思います。

具体的には、良いオヤジが目を細めて「メジロって可愛いですね」とか「キビタキがあの身体で海をどうやって渡って来るのでしょうね」という会話が、鳥好きの会話として正しいものだと思います。

しかし、まるでモノでも扱うように「しっ、しっ」と追いはらう行動は、愛も敬意も感じられません。この人は、ジョウビタキが小さな身体で海を渡って、はるばる日本の江戸川の河川敷にいるのだという知識がないのでしょうか。それとも、懸命に食べ物を探し生きていく野鳥たちの姿を観察したことがないのでしょうか。あるいは、そのような知識があっても行動を見ても、何も感じない方なのでしょうか。そういった感動がないのに、はたして良い写真が撮れるものなのでしょうか。と、次々に疑問がわいてきました。

このような方は、野鳥カメラマンだけではありません。ひたすら種類を見ようとしているバードウォッチャーにもいます。野鳥は、コレクション対象でありモノという扱いです。また、このような方に遭遇したのは、ここだけではありません。鳥見の宿で会った方の会話、都内の公園で群れている常連の方たちの会話、そんな中にはまるで鳥をモノとしてしか見ていない発言はよく耳にします。

この方たちにとって、野鳥は単なる撮影の対象でしかないモノだと言ってしまえば身も蓋もありませんが、野鳥カメラマンやバードウォッチャーのさまざまな問題が、野鳥への思いの欠如に根源があるのではないかと思いました。