≪野鳥観察情報≫
   バードウォッチングのミカタ
 ======== by 松田 道生さん

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  第33回 野鳥カメラマンとは
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当メールマガジンの連載は、読者の多くが野鳥写真を撮っているだろうということから野鳥カメラマンのマナーなど問題点について書かせていただいています。そのため、私に対する反論も時折見受けられます。そのなかのひとつに、私が野鳥カメラマンとバードウォッチャーをいっしょにしているというものです。それも、かなり皮肉っぽく言われて、少しへこんでいます。私自身、言いたいことを言っているので、いろいろ言われるのは覚悟の上ですが、私の考えを述べておきます。

私の野鳥カメラマンのイメージは、まずは日本で最初に野鳥写真を撮ったとされる下村兼史さん(1903〜1967)です。当時、家が買えるほど高かったカメラ、まして短いレンズで野鳥を捉えようとした苦労は並大抵のものではありません。戦前の関係雑誌や書籍には、下村さんのモノクロ写真がたくさん掲載されています。そして、エッセイ集『北の鳥南の鳥』(1936・三省堂)は、当時は行くことの難しかった奄美大島や小笠原。そして、北千島の話に感動した私は、いつか同じ島を訪れたいと思ったものです。願いかなってパラミシール島で繁殖地のハマシギを見たときは胸にこみ上げるものがありました。それだけ、人を感動させる観察力と筆力も兼ね備えた人だったと思います。

近いところでは、高野伸二さん(1926〜1984)。『フィールドガイド日本の野鳥』(1982・日本野鳥の会)の著者です。日本で最初の写真図鑑とも言える『原色・自然の手帖 野鳥』(1967・講談社)を出しています。カラーの時代となって、さらに野鳥の美しさを写真にとらえた方です。そして、あの図鑑の解説を書き絵を描くだけの観察眼をお持ちになった大バードウォッチャーであったと思います。さらに晩年はクモ類に傾倒され、ナチュラリストとしての目もお持ちの方でした。

雑誌『アニマ』で一世を風靡した島田忠さん(1949〜)は、野鳥カメラマンではないのでしょうか。アニマや写真集に掲載された写真は、野鳥の生態をとらえた見事なものでした。野鳥の知識がなければ撮れません。さらに、叶内拓哉さん(1946〜)はいかがでしょうか。数々の図鑑は、バードウォッチャーとしての観察眼が伴わなければ著すことのできないものだと思います。カメラマンのセンスだけでは、書くことはできないはずです。ちなみに、叶内さんが野鳥の写真を撮るようになったきっかけは高野伸二さんだそうです。高野さんの素晴らしい写真集を見て、この世界に入ったと言っておられました。高野さんは、人の人生を変えるだけの力のある野鳥写真を撮っていたことになります。

彼らはプロですが、私と同じように高校時代にバードウォッチングをはじめ経済的な余裕ができたところでカメラを買い、野鳥写真を撮っている友人がいます。「写真を撮ったら、身体の模様の仕組みが解った」とうれしそうに話してくれました。彼は、40年を越えるバードウォッチング歴を持っています。この他にも野鳥カメラマンと言える友人知人がおり、野鳥カメラマンと言ったら私はまず彼らを思い浮かべてしまうのです。

彼らに共通しているのは、野鳥を見る感性を備えた目を持っていること、それなりの観察眼の持ち主たちです。その観察眼でとらえた野鳥を写真で捉え表現しているのだと思います。この彼らと今問題になっている、野鳥カメラマンをどう区別したら良いのかということになります。

では、最近急増した野鳥カメラマンは、被写体がただ野鳥というだけの人たちということではないかと思っています。明らかに、前述した野鳥カメラマンとはスタンスが異なります。そのため、鳥の知識はもとより、そもそも自然の中での振る舞いも知らない人たちと言ったら言い過ぎでしょうか。さらに、野鳥に対しての畏敬の念も持ち合わせていない人たちということになります。その違いは理解していますが、中間の方、発展途上の方もいますので、その境界は曖昧で線引きはできない難しさもあると思います。

当欄への批判というか意見に、問題のある野鳥カメラマンはこの文章を読む機会がないだろうというものもありました。その通り、これには今のところ反論できませんね。