≪野鳥観察情報≫
   バードウォッチングのミカタ
 ======== by 松田 道生さん

──────────────────────────
  第35回 なぜ、餌付けを悪いと思わないのか
──────────────────────────

野鳥の写真を撮るために餌を撒いて寄せるのはやめるべきだと思います。多くの方が、餌をやるのはいけないこと、やめるべきだと意見を述べています。ところが、野鳥写真のみならず、野鳥に餌をやっている人たちには罪悪感が希薄です。以前、上野の不忍池でカモを見ていたら、紙袋いっぱいのパンを持ってきてばらまいていたオジさんに「バードウォッチャーは、見るばかりで餌をやらない」と聞こえよがしに言われました。この人は、良いことをしていると確信していました。

思い起こせば、私たちの年代=団塊世代以上は、子供の頃には生き物には石を投げました。イヌもネコも標的です。池のカモもその対象です。当時、驚いたのは藪でさえずっているウグイスに石をなげたオジさんがいました。

ですから当時は、ハクチョウやツルに餌をやるオジさんや子供たちは美談として季節のニュースネタでよく取り上げられました。たとえば、新潟県瓢湖の白鳥オジさんが「コーイ、コーイ」と呼びながら餌を撒くとオオハクチョウがやってきます。他の人がやってもダメで、白鳥オジさんでなくてはオオハクチョウはこないと言われていました。これを見た私は羨ましいと思ったものです。そして、いつか自分もオオハクチョウを呼べるようになりたいとせつに願ったものです。

私が在職していた日本鳥類保護連盟では、ハクチョウ類やツル類の給餌活動をしている個人や学校を積極的に表彰してきました。また、庭に餌を置いて小鳥を呼ぶための小冊子の配布も行ってきました。日本野鳥の会でも、餌台の販売やハウツウ本の発行をしたり野鳥に餌を与えることを積極的に行ってきた経緯があります。私もこれらの活動に、大なり小なり関わっていました。当時は、石を投げるより餌を投げて欲しい、餌やりは良いことだと推進していたのです。

1975年、日本自然保護協会で「餌付け検討委員会」がありました。各地の餌付け活動の実態を把握するとともに、問題点を検討するのが目的で、月に1回集まり1年間をかけて議論し『野生鳥獣の餌付けを考える−餌付けから環境保護へ−』(日本自然保護協会・1976)といいう報告書にまとめました。私も委員の一人として参加し、庭の小鳥への餌付けについて担当しました。ちなみに、サル、シカ、その他ほ乳類、ガンカモ類、庭の小鳥、ドバトなどをそれぞれの委員の方が担当し検討しています。

37年前、すでに餌付けについて問題意識があったことになります。結論は、野生動物の本来の生活からかけ離れた餌付け活動はやめよう、餌付けは安易な自然保護活動になるのでやめるべきだということでした。今思えば当然の結論ですが、この結論に至るまで1年間、議論をしなくてはなりませんでした。個人的に白鳥オジさんと親交のある委員もいて、急にやめられないなどの配慮を求められました。私は、日本鳥類保護連盟の職員でありながら他の組織の委員会で、連盟の活動に反する結論を出したため職場での立場を悪くした思い出があります。

それだけ当時は、餌付けは善行という雰囲気であったわけです。その時代に、餌付けは良いことと報道されたり評論された情報のなかで育った人にとっては、餌付け=悪という図式はすんなりとは理解できないのではと思います。ですから、自分の都合の良い写真を撮るために、野鳥にとってもためになる餌付けを行っているつもりなわけで、そこにはなんらためらいも罪悪感もないのでしょう。

良いことをしているつもりの人に「それは悪いことだから止めろ」と言って止めてもらうのは難しいと思います。良いことをやっているつもりなのですから、急に言われると人によっては、キレてしまうかもしれません。だいたい悪いことと解ってやっている人は、言い訳をしたり「はい、はい」と言ってその場では止めても陰でまたやり始めるのが普通でしょう。

最近になって餌付けについてのシンポジュウムが開催されました。しかし、ここでは野鳥カメラマンによる餌付けは、問題として取り上げられていません。今、餌付けで問題なのは餌付けによる生態系への影響、攪乱を懸念してのこと。種、あるいは特定の個体群へ与える影響が問題になっているのです。ある意味、野鳥カメラマンが写真を撮るためにする行為は、個体への影響ということになり、たいしたことはないのです。たしかに、鹿児島県荒崎のように1万羽のツル類への餌付けとは規模は異なります。越冬期のナベヅルに至っては、種全体の70%が人の与える餌に依存していることになるわけです。また、日本に来るオオハクチョウがほぼ100%餌付いていることを考えれば、写真を撮るために餌付けされたルリビタキの割合は、微々たるものです。また、餌付けがすべて悪いと言い切れないところがあります。絶滅危惧種に対しては許されるのではないか、あるいは教育現場では効果が大きいのではないかなど、線引きが難しいのです。

だから「写真を撮るくらい、かまわない」ということではありません。基本的には野鳥の生活に関わらない、野鳥たちの生活に影響を与えない、自然のなかでありのままの姿を観察するという理念を持って欲しいのです。ですから、CDを鳴らして鳥を寄せることも同じです。

野鳥写真は、自然のなかの野鳥をありのまま、とらえることに徹して欲しいのです。餌でつり、声でだましてまで写真を撮るべきではないです。餌付けをして安易に写真を撮ることに比べたら、自然のままに撮影することの方が、はるかにたいへんです。その苦労が、作品に現れるという自負を持って野鳥写真を楽しんで欲しいと思います。