≪スタッフ・有志の連載≫
 <第20回> 風の音にぞ…
 ============ by 漂鳥

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  第20回 蝋梅の咲くころ
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寒い日が続きます。
1月14日には関東の平野部でも雪が降り、凍った雪に不慣れなこちらの人々を難渋させました。その後気温の低い日が続き、雪はいつまでも解けずに野を白く覆ったまま、あたかも時が止まってしまったかのような変わらない景色がいつまでも続きました。
雪が降ろうと寒かろうと鳥たちは食料を探さねばならず、けれども鳥たちにとっても不慣れな雪の上で、彼らはいくぶん戸惑ったような表情を見せるのでした。



10年以上前から通い続け、手入れもよく(ちょっと管理が行き過ぎの感もなくはないが)季節ごとに様々な花も咲く地元の自然公園があります。夏とはちがい鳥はいま豊富にいるので、ヒヨドリやメジロなどに交じって、マヒワ・シメ・ウソ・ツグミ・シロハラ・アカハラなどの冬鳥、そしてたくさんのカモたちの声も入り交じり、そのかますびしいことこの上ないのですが、さすがにこの季節は色味というものがほとんどなく、咲く花といえば咲き残るサザンカと、ほんの少し開き始めた寒椿くらいなもので、全体にモノトーンな冬景色が広がります。


雪が解けても風は冷たく、思わず首をすくめながら歩いていると、モノトーンな景色の中で思いがけず暖色系の花にめぐり会えました。霜や残り雪の影響で足元を気にしながら歩いていて、ふと顔を上げたら、そこにややひかえめながら明るい黄色の蝋梅が、寒くなんかないよと言いたげに、にっこり笑っているのです。この花を見ると気持ちがほっこりとほぐれてしまうのはどうやら私だけではないようで、花の横を通りががる人たちの皆が皆、笑顔をほころばせながらまるで打ち合わせたかのようにこう言うのです。

―ああ、もう蝋梅が咲いているのね。きれいねえ…、う〜ん、いい香り!

元は中国からやってきた花で、梅というからにはバラ科サクラ属かと思いきや、梅とはまったく関係のないロウバイ科ロウバイ属に分類される独自の花です。花の質感がロウ細工のようにも見えることからそんな名が付されたようです。香りの良い花は世に数ありますが、この蝋梅もまた馥郁たる香りを惜しげもなく放ちます。しつこくはなく、甘すぎず、強すぎず、一流のパテシィエが気持をこめて作った上品で香り高いスイーツのような、万人がほぼ万人とも「いい香りだね」と言わせしむる、育ちの良い香りなのです。

この花に、ほんの時折りですが鳥が留まってくれることがあります。これまで観察した限りではヒヨドリ・メジロ・シジュウカラ・スズメの身近な連中にくわえ、冬鳥のジョウビタキ・マヒワまで留まるのを見ました。
こう書くと、鳥たちはあっさりやって来て、写真もあっさり撮らせてもらっているかのように思われるかも知れませんね。あにはからんや、そう簡単ではありません。

蝋梅そのものはあちこちで見られますが、鳥はどこにでもいるわけではないからです。さらにこの花は園芸種ですから、基本的に人に愛でられるように目立つ所に植えられていますので、鳥は近づきにくいのです。先述の自然公園は鳥は多いですから、まずはここから10bほども離れて椅子に座って鳥を待ちます。ほどなくヒヨがやってきました。ヒヨは、この時季食料が少ないせいもあるのでしょうか、花そのものを食べてました。ただヒヨにとり蝋梅はそんなに美味しいものでもないらしく、少し食べただけでやがて飛んで行きました。そんなわけでヒヨが留まるのは、せいぜい1日数回です。

今日は蝋梅の前で待つぞと決めたその日に、幸いなことにシジュウカラが留まってくれました。もちろん写真は完璧なんかではないのですが、蝋梅に来てくれた、留まってくれただけでなんだかもう嬉しくなってしまい(単純><)、それだけで満足の70%ほどが達成されてしまいました。


この蝋梅の近くには何本もアキニレが立っていて、いま、その種子がたくさん地表に落ちています。たくさんなんてものじゃないな、それこそ無数といってもいいくらいです。アキニレはいろいろな鳥が食べます。カワラヒワ・マヒワ・ウソ・スズメ・シメetc…。
スズメは蝋梅の近くで採餌していますが、だからといってすぐに留まるわけではなく、ここはやはり忍の一字でじっと待つしかありません。さらに、この間までは樹上でアキニレを食していたマヒワも地上で採餌するようになりましたが、これまた蝋梅の近くまで来たとしてもすぐに留まるわけではありません。というより、マヒワにしてみれば、蝋梅に留まらなければならない必然性がないのです。

さらにさらに最大の問題にして、しかしどうにもならないのが人通りです。蝋梅は自然公園の歩行路に面してあるものですから、人が通るのは仕方がないのです。もちろん仕方がないのを覚悟で待っているのですから、せっかくマヒワが木の真下に来たのに、散歩の人や、こちらが待っているとことに気づかないカメラマンなどが入れ代わり立ち代わりやって来て、その都度マヒワもスズメも飛んでしまっても、いちいち腹を立てたりしません。

言い訳めいてしまいますが、こんな撮影をすることはめったにありません。いえ、ほとんど初めてといってもよいほどの経験でしたし、こうまでして撮影しなければならない理由もなかったのですが、ただただ殺風景な写真にはしたくないという思いだけで粘ってみたのです。

結果? 良し悪しの判断は私にはつきませんが、蝋梅の暖かな色合いは通りかかる人のココロを優しく包み込んでいたように、私の少し焦れったい気持をもちゃんと包んでくれました。蝋梅と、来てくれた鳥たちに"ありがとう"です。


ジョウビタキと下のスズメは、また違う場所の違う蝋梅です。



翌週の日曜日。私はすさまじい寒風吹き荒ぶ農地に立っていました。風のせいもあってか、鷹はほとんど飛ぶことがありません。夕方近くまで北風に吹かれながら色味のない農地でただ一人、ひたすら待ちましたが、ずっと遠くを低く飛ぶハイイロチュウヒを二度見ただけでした。
夕方、塒入りが見たくて葦原へ場所を移しました。しかしもう暗くて撮影も断念し、吹きやまない風に震えながら、それでも次々と現れるチュウヒやハイイロチュウヒ、ミサゴ、ノスリなどの猛禽を同じく震えるココロで見つめ続けたのです。
そして、さあもう帰ろうと思ったその時、これも塒に帰るのであろうハクチョウたちが、コーコーと鳴き交わしながら私の頭上を過ぎり、迷うことなく西の方向へ飛び去ったのです。もちろん私は、彼らの姿がまったく見えなくなるまで彼らを見送りました。


華やかな蝋梅を撮影した後では、私はどうしてもバランスをとりたくて野性味溢るる農地や葦原へ行かなければなりませんでした。満足な写真1枚撮れなくともよい。この目で多くの猛禽を、もはやシルエットになってしまったハクチョウを目に焼き付けることで、そんな非日常を経ることで私が私でいられる、そんな気がしたからです。

(了)