≪野鳥観察情報≫
   バードウォッチングのミカタ
 ======== by 松田 道生さん

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  第48回 写真は撮らないのですか?
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先日、埼玉県にある北本自然観察公園に行ったときに、気がついたことがあります。

この日は、多くのバードウォッチャーや野鳥カメラマン、野鳥カメラウーマンとすれ違いました。5,60人はいたでしょうか。珍鳥情報はなく、1ヶ所に人が集中していることありませんでした。ですから、探索路を歩くと鳥を探しながら歩いている人たちに出会います。このすれ違う人の多くが、望遠レンズの付いたカメラを持っていることに気がつきました。

そう思って、ていねいに見るとすれ違う人すべてが何らかの形で野鳥を撮影するための機材を持っているのです。5〜600mmの大きなレンズにしっかりした三脚を装着している人、4〜300mmレンズで手持ちの人、望遠鏡にデジカメを付けてデジスコの人、望遠機能が売りのコンデジまでいろいろですが、望遠レンズが付いているので野鳥撮影が目的であることは間違いありません。

双眼鏡だけのバードウォッチャーは、カメラを持った方の連れ合い。たとえば、ご主人がカメラを持ち、奥さんが双眼鏡だけとパターンのみ。2人で双眼鏡だけのバードウォッチャーは、私とカミさんだけでした。こういった傾向は、ここ北本自然観察公園のみというわけではなく、どこの公園でも強くなってきました。野鳥を楽しむこと=写真を撮ることになりました。

まだ、バードウォッチングという言葉が普及していない1970年代、一般の方が話しかけてきて「鳥を見ている」というと、かなりの割合で「写真は撮らないのですか?」と聞かれました。「見るだけです」というと、ときは怪訝な顔をされます。これは、今でも同じです。野鳥録音をしている上田秀雄さんもマイクを持っているのに「写真ですか?」といわれると、苦笑していました。

一般の方からするとバードウォッチングをする人は、写真も撮るものだと思っています。見るだけでは何も残らないわけですから「そんな無為なことをするなんて!?」ということから怪訝な顔になるのだと思います。趣味というのは、儲かったり何かが残るというものではないものなのですが、実業の世界に生きている方からすると「ただ見るだけ」で何も残らない行為は、理解しがたい世界なのかもしれません。また、「ただ見るだけ」で、いろいろ発見のあるバードウォッチングの面白さを理解されていないことにもなります。

ですから最近、バードウォッチングに入ってきた人たちは、野鳥は写真を撮るものだと思っているのではないでしょうか。「バードウォッチングを始めよう」「では、カメラは何にしようか」というパターンになっていることになります。そういえば、望遠レンズの付きのカメラを持っていても、双眼鏡を持っていない人もいました。双眼鏡より先にカメラとレンズを買っていることになります。

昔は、野鳥の面白い行動や美しい姿を見て、これをなんとか写真の残したいと思い、カメラとレンズを買ったものです。どうも、このパターンが崩れているように思いますが、いかがでしょうか。

かつては、バードウォッチングをはじめて、撮る前に「ただ見るだけ」の時代があって、野鳥の魅力を堪能し理解したところで、写真に入ることになります。ところが、バードウォッチング=写真を撮るものと思って、この世界に入ってしまうと面白いところを飛び越えて、写真を撮るという行為で終わってしまう可能性があります。大事なところを見落とす可能性大です。これはある意味、もったいないと思ってしまいます。

さらにバードウォッチングの基本には、鳥の見つけ方から鳥との距離の取り方など、身につけなくてはならないことがたくさんあります。これは、見るだけで自然に身につくものですが、写真ありきの導入は、それがおろそかにならないか心配です。