≪スタッフ・有志の連載≫
 <第30回> 風の音にぞ…
 ============ by 漂鳥

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  第30回 夏鳥を待ちながら
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晩春、いま青葉若葉の薄緑色に覆われた森が美しい。 東南アジアなどの暖地で北半球の冬を過ごしたいわゆる夏鳥たちが、はるばる海を渡り、まずは平地の森で旅装を解き、暫くはそこで休養と栄養補給を兼ねて留まり、やがて初夏の声を聞くと思い思いの繁殖地(山地や高原など)へと移動して行く。中でもヒタキ類・ムシクイ類などは、森に到着後暫し疲れを癒す時間を経たのちに、その麗しき美声を惜しげもなく森に響き渡らせてくれる。その囀りを聞きたくて、森へと通う。
今年も無事に到着したね。若葉色の森に響く(森での鳴き声は、思いのほか大きく反響する)囀りを聞けること、なんだかとても嬉しいんだ。きみたちの到来を見る・撮影するに偏ることなく、それこそ五感をフル活用して楽しむ・味わえること、大げさでなくココロの底から楽しみにしているんだ。
夏鳥が来たら、そんな言葉をかけてあげようと思いながら森へと通う。 が、毎年同じ時期に同じ数の鳥たちがやって来るわけではない。その年の天候やら気温の変化やら、あるいは越冬地の状況によりそれは変わる。どう変わるかはまったく予想不能だから、とりあえず毎日のように通ってみるものの、空振る日が続く。まあでも鳥がいなければ、視線を下に落とし、次々と咲く晩春の花々を眺め、そこに集まる虫を見る。

森のそちこちで地表を飾るのは、あまやかな黄色のノウルシ。森の周辺ではこのノウルシ、ごく当たり前に見られるのだが、どこにでも自生しているわけではなく、準絶滅危惧種に指定されている。あるいはこの森に自生する、こちらは光沢のある黄色が眩しいキンポウゲ科のヒキノカサ(この花もまた数が少なく、絶滅危惧種Tに指定されている)をはじめ、次々と咲きだす野の花を愛でつつ、夏鳥の到来を待つ。
野漆と桜草 野漆にルリシジミ 野漆にアシブトハナアブ


ヒキノカサ(蛙の傘)
この2種の他、タンポポにしてもカタバミにしても、キジムシロ、ジシバリ、オニタビラコなど、晩春の野を彩る花は黄色のものが目立つ。少し華やかに過ぎる黄色は、どちらかといえば敬遠しがちの色ではあるけれど、これが野の花となると少しも嫌味がない。確かにそこに存在するのに多くを主張しない。その控えめな立ち姿に惹かれてしまうのは、どうやら虫たちだけではないようだ。

ときには森を出て、農地を取り囲む土手や川沿いの土手を見てみる。時季的に、土手はカラシナの大群落に覆われていて、華やかで艶やかな景観をもたらしている。 このカラシナもまた晩秋を彩る黄色だ。景観も強ければ香りも強く、けれども晩春そのもののようなこの景を、嫌う人は少なかろう。 ある日、土手沿いを歩いていると、何か鳥が動く。双眼鏡で覗くと、それは冬鳥であるホオアカだった。ホオアカは、初夏主に高原などで繁殖を行う典型的な国内移動組=漂鳥だ。4月の中旬のこの時点では、もう美しい夏羽(繁殖羽)に変わりつつあるようだ。
カラシナ(芥子菜)咲く景観 カラシナとベニシジミ カラシナに留まるホオアカ

その後暫くは森と農地とを行き来し、夏鳥を待つ。農地ではツグミ・アオジ・タヒバリなどの冬鳥がまだまだ元気に飛び回っているものの、ツバメ類以外の夏鳥が一向に現れない。シャッターを押すこともなく家路に着く日が続く。 そして今日もまた農地を歩く。一見何もない畦道にも、ノジスミレ・ツボスミレなどの丈の低い花が健気に咲いている。春は着実にその歩を進めていることを実感できる。上空をヒバリが舞い、ツバメとは別に時折りイワツバメやアマツバメが高く飛ぶ。

ふと、土手沿いの棒杭に鳥が留まったのに気づく。もしやと思い双眼鏡を覗く。頭の黒い小さな鳥がチョコンと留まっている。間違いない、ノビタキだ。実はその数日前、カラシナ咲き誇る別の農地で、3羽のノビタキを確認している。けれども今日のこの農地は、秋には多くのノビタキが立ち寄り、冬には本通信でも紹介した数百羽のスズメが群れ飛ぶ、実に慣れ親しんだ農地なのだ。 秋のノビタキの静かな佇まいが好ましく、まるでライフワークのようにカメラを向け続けているが、静謐な秋のそれとは対照的に、春のノビタキは、これから繁殖に入る前の活気に満ちた様子が嬉しい。その春ノビにこの農地で出会えたことは、二重に嬉しいことだ。

ノビタキ ノビタキ

再び、森にいる。 鳥がいなくとも、フィトンチッド溢れるこの季節の森は清々しく、そこに足を踏み入れただけで気持ちが洗われるようだ。冬鳥のシメさえ、その森の爽快さに酔っているように見えると思うのも、あながち情に溺れているとも言い切れまい。
青葉・若葉 若葉にシメ

さらに二日後。 森に入った途端、ほぼ1年ぶりに懐かしい囀りを聞く。小さな体にもかかわらず(約13p メジロよりやや大きい程度)その元気な鳴き声が森中に響き渡る。 「チヨ チヨ ビー」さすがに「焼酎一杯グィー」と聞きなすのは無理があるが、その甲高い生き生きとした声に思わず頬が緩む。 鳥の名はセンダイムシクイ。種類の多いムシクイ類の中では最もポピュラーな鳥だけれど、そんなこととは関係なく、森で聞く今季一番の夏鳥の歌声を、一バーダーとして歓ばずにいられようか。ほんの数羽の到着だったが、長旅の疲れなど見せることなく間断なく囀り、その名のとおり元気に虫を食べる姿なども見られた。 そんなに派手なところもなければ、特別風采が上がる鳥でもないけれど、くっきりとした眉斑が凛々しい。
センダイムシクイ センダイムシクイ

その後、森にはコサメビタキ・キビタキ・オオルリなどの人気の鳥が入り、多くのバーダー・カメラマンで賑わっている。 願わくば、あまりしつこく鳥を追いまわすことなく、静かな撮影に臨んでもらいたいものである。もちろん餌付けやテープなどの鳥の本能を逆手にとった姑息な手段は決して用いて欲しくない。この森に到着するまで、彼らがどんな苦難を乗り越えてきたかにつき、少しでいいから想像力を働かせてみて欲しい。主に東南アジア方面から優に4,000q超の距離を、途中島などに立ち寄るにせよ、その小さな翼を懸命に羽ばたかせて海を越える彼らの姿を。悲しいかな、彼らの全てが無事に渡り終えることはなく、多くの、実に多くの命が旅の中途で潰えるのである。いやむしろ、今この森で、目の前で囀るムシクイやヒタキ類がそこにいることが、ほとんど奇跡的なことなのだと言っても過言ではないのだそうだ。古い四文字熟語を用いれば、そうした艱難辛苦を乗り越えてやって来た彼らをリスペクトこそすれ、安易な手法で撮影にのみ腐心することは、バーダーとして野鳥カメラマンとして最も恥ずべき行為なのだと自覚していただきたいものだ。

とまれ。いまは彼らの美しい囀りに耳を傾けることに集中しよう。樹上の彼らの、海を越えてきた強さを信じよう。小さな体に宿る、その強靭な生命力を信じよう。これまで営々と命を繋いできた、その生きる力を、いまは讃えよう。

(了)