≪スタッフ・有志の連載≫
 <第33回> 風の音にぞ…
 ============ by 漂鳥

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  第33回 渡りの秋(2491羽が舞う)
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午後3時。じっとスコープから目を離さない観察者が叫ぶ。 「第一ピークと第二ピークの間、5…8…12、いやもっと、数え切れないくらい昇って来るぞ」 その場にいあわせたバーダー・カメラマンたちが一斉にそちらを見やるが、肉眼ではまったくそれらしきものは見えない。そこで銘々がスコープや双眼鏡を覗くと…。 あ、ほんとだ。3qほど先の山の稜線の向こうに、まるでウンカが湧き出すように彼らが上昇してくる像を双眼鏡は結んでいる。いったいどうしたんだ、これは? そうこうしている内に群れは上昇気流に乗りながら、こちらに向かってくるではないか。そして我々の頭上で壮大な飛翔シーンが繰り広げられる。

鷹柱?

普通、鷹柱は上昇気流に乗った鷹たちが大空の上下に広がる様を指すと思われるが、いま目の前に繰り広げられている彼らときたら、縦方向のみならず横方向にも大きく広がりながら南西方向へと流れて行く。 「わぁー、すごい」「こんなの見たことないぞ」「ス、スゲー…」「これだけ集まるとは…」 老若男女、バーダーもカメラマンたちも、あるいは秋の渡りの期間、毎日その数をカウントしているグループの方々さえかなり興奮気味に口々にそう叫ぶ。空気は乾き、アキノキリンソウやマツムシソウといった花々に囲まれるように立つ、秋の気配が色濃く漂う静かな峠が一気に熱を帯び、シャッター音が盛大に響き渡る。画角の狭いデジスコでは多くの鷹が収まらないので、手持ちの一眼のレンズを大空に向けてみる。そう長いレンズでもないのに、フレームに収まりきれない鷹が多数いる。鷹の名はサシバ(差羽・鶫鳩)。秋の渡りではもっとも数の多い鷹である。
(サムネイル画像では小さくて分かりづらいので、クリックしてご覧ください)
遠くの稜線の向こうから上昇 縦横に広がるサシバ 頭上で旋回する

平生あまり遠征をしない私ですが、秋の鷹の渡りだけはどうしても見たくて、毎年彼岸の休日を利用して鷹たちの渡りのルートである峠を目指します。地元でも何カ所か観察できる低山はあるのですが、その規模となるとどうしても小さく、数百羽の鷹柱を見ることはなかなか適いません。そこで遠征となるのですが、行けば必ず多くの鷹が見られるのかといえば、その確率は相当低いと言わざるを得ないのです。毎年彼岸前後にそのピークを迎えるようなのですが、天候や風向きなどに大きく左右され、前日たくさん飛んだのにきょうはさっぱりといった事態も珍しくはないのです。過去に運よく多く飛んだ日に行ったこともあるのですが、鷹は遠くを流れて行くだけで近くを飛ぶのはほんの数回、そんな年もありました。
さりとて情報を元に日を選んで行くこともできず、正に一か八か、ほとんどダメ元覚悟で車を走らせるのです。ダメ元なのに、なぜか期待に胸弾ませながら。…

この日、午前中はハチクマ(八角鷹・蜂角鷹)がよく飛んでくれて、偶然居合わせた知人と“今日はよかったね”と話をした。またこの峠では比較的よく見られる、私の憧れの鷹でもあるクマタカ(熊鷹・角鷹)も現れてくれて、もうそれだけでも楽しく、少々興奮気味の鷹見になった。
ハチクマ幼鳥 クマタカ サシバ

昼前後になると鷹の移動も間遠になってきたので、峠を美しく彩る花などを見てみる。

マツムシソウ アキノキリンソウ ヤマハハコ

午後になると風が強まり、体感温度が下がってきた。長袖を二枚着て、さらにウィンドブレーカーコートを着込んでも寒く、タオルをマフラー代わりに首に巻いて鷹の出を待つ。
午後2時を過ぎてもほとんど鷹の姿は見えない。情報によると数十km離れた地点でサシバが千羽以上過ぎて行ったから、もうすぐここを通過するだろうとのこと。が、どの方向を見てもそれらしい気配はない。おかしいな、別のルートを飛んじゃったかな、と呟く関係者。
さらに待つ。隣にいた夫婦は寒さに耐えきれず帰り支度を始める。カメラをバッグにしまい、観察用スコープを三脚から外し始めたのがのがちょうど3時。

そして3時過ぎ、夫婦がさあ行こうかと立ちあがったとき…

サシバの鷹柱は一度だけでなかった。一つの群れが去りきらない内に、また稜線の向こうから次々とサシバが現れ、現れるというよりは正にどこからか湧いて出てくるという表現がぴったりくるほど彼らは途切れなく出現し、それがほとんど線として繋がってしまう時間帯まであり、目前の大空は鷹で溢れた。
「これはすごいな。これだけ固まるのは滅多にないことだよ」
そう呟いたのは、信州ワシタカ類調査研究グループのメンバーと思しき方だった。
カメラを向けるものの、どこに焦点を置いてよいか分からない。遠くの群れか、近くの数羽を大きく写すか。空はほとんど曇天で、画像がしゃきっとしない。ときおり青空が覗き、そのときはなんとか様になるものの、あまり良い画にならない。でももうそんなことはどうでもよいくらい、目の前の鷹たちの競演に酔わずにはいられない。バーダー、ウォッチャー、呼び方は何でもいいが、彼ら(自分を含めて)にとって至福と呼べる時間が流れる。誰もが「すごいなあ」を連発しながら意識の全てを鷹に集中している。いま、彼らにとり喜びも悲しみも憂いも、幸も不幸も何もない。飛ぶか飛ばないかは運次第だけれど、ともかく自分が見たいと思ってやってきた峠を踏みしめ、待ち、そして目の前の空を乱舞する鷹たちに感動し、ふと気づくと鷹たちへの感謝の念をすら己の裡に感じながら彼らを見つめている。
なんという壮大さ。命の乱舞。精悍な鷹たちのかっこよさ。幼鳥も成鳥も、羽がボロボロの老鳥?もいる。それら数百羽もの群れが“渡り”というはっきりとした目的の元に意志統一され、上昇気流をつかまえ、南西方向、遥か数千`先の越冬地、東南アジアを目指すのだ。

ふと隣を見ると、帰るのをやめた夫婦が懸命に写真を撮り、スコープを覗き感嘆の溜息をついている。帰らなくてよかったと、まるで自分のことのように安堵する。
サシバ サシバ サシバ

いつまでも終わって欲しくはなかったが、およそ40分も続いた渡りのピークは、まるで潮が引くように終焉を迎えた。後で先述の調査研究グループがカウントした数字を見ると、サシバ2197羽、ハチクマ263羽、他のタカ31羽、計2491羽がこの峠を通過したとのこと。もちろんこの秋最も多くカウントされた日として記録に残っている。

最初に挨拶をしたきり、特に会話を交わさなかった隣の夫婦に思わず声をかけた。
「すごかったですね。帰らなくてよかったですね」
「ほんとにすごかった。こんなの初めて見ました。もう一生こんな機会はないかもです。ほんとに帰らなくてよかった」
二人は心底嬉しそうにそう答えてくれた。

再び冷たい風が谷から吹き上げてくる。いや、風はきっとずっと吹いていたに違いないのだが、脳内からアドレナリンが出っぱなしで、寒さなど気づかなかったのだろう。
深い充足感を胸に、西に傾いた陽の光を浴びる夏の花や芒などをカメラに収めながら、私は峠を下り始めた。一度下り始めてしまえば谷間など見えもしないのに、私は何度も何度も谷間の方を振り返りながら、ゆっくりと、ゆっくりと峠を下った。

(了)