≪スタッフ・有志の連載≫
 <第39回> 風の音にぞ…
 ============ by 漂鳥

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  第39回 水辺の宝石
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連日の雨。…
太平洋からの湿った大量の空気を運びこむアジアモンスーンの影響から日本も逃れることはできず、梅雨は日本の雨季となります。
蒸し暑く、人には不快な雨ではあっても、農作物にとっては“慈雨”に他ならず、秋の実りはこれなくしては望めないのですから、少し我慢して、むしろ雨の風情を楽しもうかと思います。

春の渡りを経て、多くの鳥たちはそれぞれの繁殖場所に落ち着き、今まさに子育ての真っ最中でしょうか。いち早く子育てをしていたムクドリなどは、もう雛が巣立って大きな群れをつくり、クワやサクラの実に群がっている様をそちこちで見かけます。決して美声とはいえぬ大きな声でギャーギャーと大騒ぎしながら右へ左へと飛び交う様子は、集団の数の多さもあってか溢れ出る生命力に満ち満ちていて、見ていて気持ちがよいくらいです。
川沿いを歩けば、カワセミのペアが頻りと鳴き交わし合いながら、右へ左へと川筋を飛び回ります。橋の向こうでは、カルガモの赤ちゃんがお母さんの後を離れまいと懸命に泳ぐ様が見られ、微笑ましくもいじらしくもあり、毎年のことなのにちょっと胸打たれます。


今年の5月はとても暖かく、猛暑日を記録する日まであり、その影響で植物の開花や虫の出現なども例年より2週間も早いものもありました。いつもなら6月中旬にハンノキ林を飛び交うミドリシジミなどは、5月下旬から姿を現し、翌週には早くもピークを迎える有様。他の昆虫も、おしなべて早めに成虫の姿が見られるようです。

毎年6月から7月は、池や沼地、あるいはその周辺の林で見られるイトトンボを撮影するのを楽しみにしています。オツネントンボのような地味なそれもいますが、ほとんどの種は実に見事な色彩を誇っていますので、一度彼らの虜になると、もう病みつきになってしまうようなのです。

オオアオイトトンボ♂ オオイトトンボ♂ オオセスジイトトンボ ペア

そんな彼らの代名詞は、トンボ全般に付されもする「水辺の宝石」という言い方がお似合いでしょうか。
さらにイトトンボというくらいですから、彼らの小ささがまたいたいけで堪らないのです。いったい虫探し・虫撮りをするときの視界は、鳥などを探す時よりもずっと狭く小さく、鳥ならば樹木の枝に視線を送るのに対し、虫の場合は葉っぱの一枚一枚に目を配ることになります。ハムシなどでは小さいのは3mm程度しかありませんから、決して比喩的でも慣用句的でもなく、正に「目を皿のようにして」、つまり目をいっぱいに見開いて、それこそ瞬きも忘れるようにして探さないと、なかなか目に飛び込んでこないのです。
イトトンボはそこまで小さくはありませんが、それでも下草にじっと留まっていると気づかないことも多く、ふっと飛んでくれたときが見つけるチャンスです。けれども中には糸くずのように細く儚い仲間もいて、飛んでいるさまをじっと見つめていても彼(彼女)を見失ってしまうこと、しばしばなのです。


アジアイトトンボ♂ アジアイトトンボ未成熟♀ クロイトトンボ♂

鳥撮りにはもちろんコツがあるように、虫撮りにもやはりコツがあるようです。
ハムシやテントウムシ・ゾウムシのような甲虫の仲間。チビだからといってバカにしてはいけません。何も考えずにすっと近づくと、シャイな彼らはくるっと葉の裏に隠れてしまうのです。ですからそおっと、抜き足差し足忍び足、まるで泥棒か忍者のごとく音を立てずに、気配を殺し、息も殺し、撮気も消し、お前なんかに関心はないんだという素振りで、なんとな〜く近づくと、ほんのたま〜にですが逃げずにじっとしてくれている子がいるので、はいはい失礼しますよ、すぐに終わるからねぇ、などとブツブツ呟きながらマクロレンズを近づけ、そっとシャッターを押すのです。
ただこれではあまりに効率が悪いし、探し当てた虫に隠れられたり飛ばれてしまった時のショックと喪失感がすごく大きいので、望遠レンズを使用すれば、まあ100〜50cm程度の距離で撮影が可能なのですが、実際、時と場合によりそうすることもあるのですが、基本的には敢えて単焦点マクロレンズを使用します。それはやはりズームレンズより格段に画質が優れていることと、どこまでどうやって近づけるか、のような虫たちとの駆け引きみたいなものが、実にスリリングで面白いということもあるのです。

イトトンボの場合は、こうです。
足元からふっと飛ぶ。立ち止まって彼の行方を見失わないように凝視する。草か何かに留まったら、決してすぐには動き出さない。よ〜く観察していると、イトトンボは留まった直後身じろぎをする。僅かに翅を震わせたり、長い腹部を上下に動かしたり。この状態ですぐに近づくと、決まって彼らはふっと飛んじゃう。ダメなんです、そんなデリカシーのないことでは。
およそ四or五呼吸置くといいでしょうか。身じろぎが止んで落ち着いたところを見計らって、やはりそっと、無関心そうに、けれども彼(彼女)を敬う気持ちを忘れずに、集中力をマックスに高めつつやんわりと近づく。すると彼は、私の存在など全く無視してじっとしていますから、驚くなかれ10〜5cmまでレンズを近づけることもできるのです。

アオモンイトトンボ♂ アオモンイトトンボ未成熟♀ アオモンイトトンボ ペア

そんなことで、イトトンボ撮りに少しの自信を持ち始めた矢先、己の無知を思い知らされるご指摘があったのです。私は恥かしさのあまり、どこかに身を隠してしまいたいようでした。鳥でもときどきその同定を間違えて、ご指摘を受けて修正するということがこれまで何度かありましたが、イトトンボに関し、大きな知識不足があったのです。

ベニイトトンボという真っ赤なイトトンボがいます。分布は局地的で、絶滅危惧種U類に分類されているイトトンボですが、4〜5年前から地元の自然公園の池周りで観察されるようになりました。同時に公園の最奥、湿地状の場所で繁殖も確認されたのです。知り合いのSさんは、その湿地に外来種の水草が繁茂していて、これではベニイトトンボが産卵できないよと、トンボに詳しい方のアドバイスを受けて、毎日毎日バカ長靴を履いて湿地に入り、その外来種の水草を一所懸命に引き抜いたのです。もちろん公園管理者の許可を得て。Sさんの努力の甲斐あって、ベニイトトンボは徐々に増えていったのです。

ところが。

リュウキュウベニイトトンボ=南西諸島および九州南部に分布。繁殖能力が高く、ベニイトトンボとの競合が懸念されている。2007年に人為的であろう要因(水草の移動に伴うと考えられる)により横浜で発生確認。が、その後東京湾岸などで自力で分布を拡散しているという報告もあり、考えられているより移動能力が高い可能性もあり、今後の動向が注目される。

知りませんでした、リュウキュウベニイトトンボの存在を。拙ブログ上で、これはリュウキュウの方ですねと指摘され、己の無知に唖然とした次第です。慌ててこれまでの写真を見返してみると、案の定大半がリュウキュウの方でした。さらに改めてフィールドに赴いて確認すると、リュウキュウ:ベニイトは10:2でリュウキュウの圧勝でした。
見極めは比較的簡単で、目まで赤いのがベニイトトンボ、目だけがグリーンなのがリュウキュウベニイトトンボです。

ベニイトトンボ♂ リュウキュウベニイトトンボ♂ リュウキュウベニイトトンボ♂

もちろんリュウキュウベニイトトンボは外来種ではありませんが、なんでも国内外来種のような言い方があり、見つけたらどんどん駆除すべきだという過激な意見もあるようです。
かつては関西以南でしか見られなかった昆虫が温暖化の影響で北上し、ここ関東でも見られる例はいくつかあります。ツマグロヒョウモン・ナガサキアゲハ・クマゼミなどがそうですが、人為的に放たれたことが疑われているアカボシゴマダラなども。

もし彼らが生態系に影響を及ぼすとして、しかしそんな彼らに罪はなく、在来種の保護のために駆除・駆逐すべきだというのはどんなものでしょう。植物などは、見回せば外来種だらけで、まさかこれをすべて駆除もできますまい。まして、その外来種の植物を食草としている昆虫もいるとなれば、これはもう新しい生態系ができつつあるのだという解釈は成り立たないでしょうか。
そしてもちろんリュウキュウベニイトトンボにも罪はなく、しかしもし在来種のベニイトトンボの存在を脅かすのだとしたら、それはとても悩ましい問題だとは思いますが、これはもう見守るしかないのではないでしょうか。
ただブラックバスのように、100%人の手による流入は、これは決して許されることではありません。釣って面白い魚のようですが、だからといって…。

水辺の宝石の世界にもいろいろあることを学び、考えされられた今季のイトトンボ撮りでした。
それにしても自然の奥深いこと。そして危ういバランスの中で成り立っていることを、人はもっと自覚しなければなりません。
実は上のオオセスジイトトンボは、昨年撮影のものです。今季も様子を見に行ったのですが、環境が少し変わっていて、つまり町がオオセスジのいる草場をずいぶん刈ってしまって、彼らの居場所がだいぶ奪われたと、毎日のようにフィールドを見守っている方がおっしゃったのです。その日、2時間以上懸命に探しましたが、わずかに♂が2頭、♀を1頭見たに過ぎませんでした。稀少なトンボですが、昨年まではある程度安定して見られただけに、町の施策が残念でならないと同時に、環境の変化に対応しにくい稀少種の宿命のようなものを感じずにはいられませんでした。

下のオオモノサシトンボは一昨年の撮影です。残念ながら、昨年からはその姿はまったく見られなくなりました。渋いチョコレート色のこのトンボは、もう二度とここでは見られないのでしょうか。

モノサシトンボ♂ モノサシトンボ♀ オオモノサシトンボ♂

(了)