≪スタッフ・有志の連載≫
 <第40回> 風の音にぞ…
 ============ by 漂鳥

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  第40回 夏に逝く
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夜10時過ぎに携帯が鳴る。ディスプレイに長男の名前があるのは珍しい。日常的な用はほぼすべて妻の携帯が鳴るのが通例だから。
もしもし、ああ誠一か。お疲れさん。
ああ、どうも。あの、カンナが…
うん、そうなんだ。今日の午後5時すぎかな。連絡しようと思ってたんだけど、まだ仕事中だろうから電話しちゃダメだって母さんが言うから。これからメールしようかって。
長男と次男の嫁同士のやりとりから、カンナの件を聞いたと言う。
そうだったんだ…。あの、母さんは大丈夫?
うん、まあ、なんとか。
これからちょっと行ってもいいかな。
ああ、こっちは全然かまわないよ。来てくれたら、カンナも喜ぶよ。

飼い犬が死んだ。何をする気も起きないほどの、暑い暑い日だった。享年15歳。あと1ヶ月で16歳になるはずだった。年齢相応にあちこちが悪くて病院通いが絶えず、先週も5日ほど入院して戻ってきた、その1週間後のことだった。
退院はしたものの、以前より呼吸が早くなって、今日はまた病院で診てもらおうと、暑さを避けて夕方になって支度を始め、先に車のエンジンをかけて車を冷やしておくからとドアに手をかけたそのとき、カンナを抱いていた妻が、待ってお父さん、と鋭い声で私を制した。緊張感の走る妻の声に少し怯えたように、私はゆっくりと振り返った。

―カンナが呼吸してない。

私はソファに座っていた妻のもとに跪き、カンナの体に手をやる。確かについさっきまで荒い呼吸のために上下していた体が、今は静かになっている。
―どうしよう、お父さん。カンナが死んじゃう。
―………。
―カンナ、カンナ…。どうしようお父さん、カンナが、カンナが死んじゃう。

私は、判断力を失った木偶の坊のように、妻の叫びにも似た言葉に何も返す事ができず、ただカンナの体に手を置いて見守るほかはなかった。
それからものの10分もしないうちに、幾度か体を痙攣させたあと、カンナは今生の世から旅立った。カンナを心から愛した妻の腕の中で。
―苦しかったんだねえ、カンナ。ごめんね、カンナ。
妻は同じ言葉を何度もカンナに語りかける。というより、それ以外にかける言葉が見つからないのだろう。
暫くは言葉もなくカンナをさすっていた私は、やがてゆっくり口を開いた。
可哀想だったけど、また入院させて延命してもらうより、もうこれ以上苦しまなくていいんだから、これで良かったんだよ。そう、思うようにしようよ。
先の入院から戻ったとき、首の後ろから入れる点滴のためか顔が大きくむくみ、カンナはまるで別の犬のよに見えた。やっと退院できるというのに、その喜びを表情や態度に表すでなく、ただされるがままだった。動物病院は実に良くしてくれるから、命を永らえるだけならまだ相当時間延命は可能だっただろう。ただ私はそんなカンナを見て、もう二度と入院はさせまいと思った。その様子があまりにも哀れで、こんなことならもうずっと自宅で面倒見ようと、そう思ったのだ。妻ともずっとそんな話をしてきた。
だから妻は私の言葉に、流れる涙を拭おうともせず、ただうんうんと頷いた。

白内障でほとんど目は見えず、耳もほとんど聞こえず、散歩もままならなくなって家の中だけにいたら下半身も弱って歩くのさえおぼつかなくなり、1年前から肝臓の機能が落ち、さらに心臓からは雑音が聞こえるという状態となり、毎日薬を与えられ、ついで感情表現も乏しくなり、ついに自分からは食べたり飲んだりしなくなった。考えようによっては自ら生きようとしなくなったのだから、客観的に見ればカンナの“死期”はもうすぐそこま
で来ていたのだろう。この1週間ほどは、どろどろに溶いた餌や水を注射器で口の端に流し込んでいたのだ。
もちろんカンナが死んだ直後では、そんな風に冷静に振り返ることはできず、動かなくなった、でもまだ温かく柔らかいがゆえにカンナが死んでしまったという実感が湧かず、まるでスヤスヤと寝ているようでさえあるカンナを、我々はさすり続けた。日が暮れて、部屋の中が急速に暗くなっていることにも気づかず、私と妻は声もなくカンナを見つめ続けた。

メキシコが原産だというチワワは、あらゆる犬種の中でももっとも小さい部類に入るが、生まれてから三ヶ月ほどで我が家にやってきたカンナは、同じチワワの中でも飛び抜けて小さく、手のひらに乗ってしまう程度の、こんな大きさで果たしてこれから生きてゆけるのだろうかと危惧されるほどに小さな小さな雌の犬だった。ただ次男の嫁がペット関連の仕事をしていた関係で、信頼の置けるブリーダーが手がけた犬だから大丈夫だという彼女の言葉を信頼して、私たちはいそいそとカンナの面倒を見始めたのだった。
互の仕事の都合に合わせて、その都度交代で、しかし決して毎日の散歩を欠かすことはなかった。こまめに病院へ検診にも連れてゆき、あるときは乳腺が膨らみ、乳癌の疑いもあるということで摘出手術を行ったこともあった。医者の、難しい手術ではないが、なにせ小さいので万が一ということもあるが、このまま乳癌の心配をしながら過ごすよりは、という言葉で我々は決断したのだった。幸いカンナは大きな手術にも耐え、元気に退院して
きた。
その小ささゆえ臆病で、家族以外の人間や他の犬にはなかなか懐こうとはしなかったカンナ。頭を撫でたり体をさすったりすれば、もっとやれと、その小さな前足で何度も何度も私にせがむカンナ。公園の芝生でリードを解いてあげると、生き生きと走り回るカンナ。でもひとたび「カンナ」と呼べば、一直線に、しかも全速力でこちらまで駆けてきて、よしよしと褒めてもらうことに無上の喜びを感じているカンナ。
我々は、実によくカンナの面倒をみてきたと、とくに他に自慢するほどのことではないにせよ、互いを認め合った。

どこの家の、どんなペットと飼い主の、愛し愛され、癒し癒される関係に違わず、けれどもどんなにお金を積んでも決して購えないそうした情感を、我が家も同じように共有しながら時を重ね、カンナもこちらも少しづつ、少しづつ年齢を重ねていったのだった。
犬の寿命は人間のそれの五分の一程度しかないことは、言い換えれば犬は人間の五倍のスピードで歳を取ることは、だからほば間違いなく飼い主より先に死ぬことはもちろん分かっていた。そして年老いたカンナが、もうそう長くは生きられないだろうことも、夫婦の間でよく交わされた話だった。だからそうした覚悟めいたものも互いにできている筈だった。
けれどもそんな人間の貧困な想像力など、現実の重さの前には羽毛のように軽く頼りないものだと、動かなくなったカンナを前にしてはそう実感せざるを得なかった。

2時間ほども虚脱していた我々だったが、やるべきことがあることに気づき、漸く体を動かす気になった。息子たちへの訃報の連絡。遺体を入れる箱の手配。ドライアイスは必要か。ペット葬儀場の検索。
そうこうしている内に、同居の三男が帰宅。彼にはメールで連絡だけはしておいたが、横たわったカンナを見るなり、息を引き取るまでの様子を説明するこちらの言葉に一言も返すことなく、カンナに手を置いたままずっとその死に顔を見つめ続けた。
暫くして着替えのために自分の部屋に戻り、そして洗面所に来たときに妻とすれ違った。その妻がこちらの部屋に来て、なんかあの子、泣いてたみたい、と言う。
―そうか。あれでカンナのことが大好きだったからなあ。優しいところもあるしな、あいつは。
すると妻は、息子のその感情に同期してか、再び涙を流した。その涙を見て私も胸がつまったが、涙は出てこなかった。
夜11時過ぎに、仕事帰りの長男が来た。三男も交えてカンナの思い出話をして時間を費やした。思いがけずカンナの良い通夜ができたような気がされた。

翌日、ペットの葬儀場に行く前に、次男と、かつてブリーダーの元からカンナを連れてきてくれた次男の嫁が、線香とお花を持って来てくれた。葬儀場との約束の時間が迫っていたため、慌ただしく別れを告げると、妻と三男の三人でカンナを入れた箱を大切に抱えながら、葬儀場へと向かった。
ペットの葬儀場というのは初めてだったので、どんな場所にあるのかと考えていたが、たとえペットとはいえ葬儀場であることに変わりはないので、郊外の目立たないところにそれは立っていた。
ペット用ゆえの小さな祭壇にカンナを横たえ、葬儀の手順を係の方から伺い、花を添え焼香をし、それではいよいよお別れとなります、みなさんで焼却炉(という言い方であったかどうか定かではない)までお運びねがいます、という係の方の指示で、妻と二人でカンナをペット用の小さな焼却炉に横たえた。もう一度合掌し、カンナに別れを告げると焼却炉の蓋が閉められた。係の方が、我々家族の未練と悲しみを断ち切るような大きな声で
「点火」と言いながら、焼却炉に火を入れた。
今日一日、気丈に振舞っていた妻だが、さすがにこの時は感に堪えず嗚咽をもらした。その妻を抱き抱えるように控え室へと私たちは戻った。ふと振り返ると、焼却炉の煙突から、カンナが薄い煙になって立ち上ってゆくのが見えた。あたりは蝉しぐれに満ち、夕方の5時を回っているのに少しも衰えない暑熱が重く熱く空気を支配し、私は汗にまみれた。

1時間ほど後に、カンナはそれこそ片手の手のひらに乗るほどのわずかばかりの骨粉となって戻ってきた。考えてみれば成犬となってからも1.4kgしかなかったカンナだから、これっぽっちしか骨が残らないのも無理からぬことなのだ。そのほんの少しばかりの骨粉を、我々はただ呆然と凝視し続けた。



8月に入り盆休みに入った。私は趣味である鳥の撮影のために、比較的標高の高い山地にいた。もちろん山の鳥を探したい、撮影したいと思って来ているのだが、一方でずっと家に居たくないという気持ちもあった。ペットロス症候群というほどではなかったが、カンナ関連のこまごまとしたものなどを整理したら、家の中がばかにすっきりとしてしまい、そのせいか、改めてカンナはもういないのだということを強く感じずにはいられなかった。この喪失感は、時の経つのを待つ以外には癒えそうもなかった。でも、だから山に、という風に意識して来たわけでもなかったのだが。
8月の山に鳥は少なかった。初夏、子育てにいそしんできた親鳥は、今はもう囀ることもなくひっそりしてしまうのだ。ただ、二番子か三番子かを育てている頑丈な親鳥は、巣立った幼鳥に懸命に給餌しているシーンも一部は見られたが。
それでも山の空気は、熱波に覆われた平地の空気に比しては清々しく、それだけでも溜飲を下げることができた。山から下りたあとは高層湿原を歩き、ここでも鳥は少なかったが、平地では見られない花や虫の出現に私は興奮し、それはいっとき私を夢中にさせた。

一泊だけして家に帰ったが、何日かはたくさん撮った写真の整理やらに追われて、なんとはなしに忙しくしていた。
盆休みもそろそろ終わりというある日の朝、三男が妻となにやらぼそぼそ話をしている。なんだって、と聞くと、―カンナの夢を見たんだって。夢の中でカンナは尻尾振って元気だったって。
と妻が嬉しそうに話した。
へぇー、カンナの夢をね、ふーん…。あれだね、夢でもいいから、カンナが生きて動いている姿を見たいもんだね。
―ほんと、そうね。
私の大人げないというか、まともに聞いたら気恥ずかしくなるような少女趣味的な言葉を、けれども妻はまともに受けとめて、深く相槌をうった。

と、なんの前触れもなく、急激に私の目頭が熱くなった。
え、なんだ? どうした?

私は、まったく予想もしない私の変化に驚き戸惑い、しかしその感情を抑え込むことができず、なにげなさそうに後ろを向いて隣の部屋に移って行った。朝の家事に忙しい妻には、多分気づかれていない。

夢でもいいから、カンナに会いたい。小さくて愛くるしい、そのくせ気の強いカンナに。いつも濡れているような大きな瞳でこちらを見上げるカンナに。年老いて散歩の足もおぼつかないのだけれど、歩かないとどんどん弱っちゃうからという私の励ましに応えるように、石ころにつまずきながらも懸命に足を出したカンナに。
そんなカンナの姿が、いまありありと浮かび上がり、私はなんだかどうしようもなくなって、少し泣いた。
カンナが逝ってしまった日でも、葬儀場での最後の別れの瞬間でも、私は泣くことはなかったのに。こんなときは泣いてしまうのかなと想像していたけれど、案外泣けないものなんだなと思っていたのに。


ふと気づけば、暑かった今年の夏が終わろうとしている。
これからカンナなしの生活がずっと続く。多分、時間がこの哀しみをいずれは薄めてくれるのだろう。でも、新しい犬を飼おうという気には当分なれないだろう。

(了)