≪スタッフ・有志の連載≫
 <第41回> 風の音にぞ…
 ============ by 漂鳥

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  第41回 鳥撮りの記
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まだ夏の暑さを残しながら、けれども空気は乾き、木々の葉から、草の葉から、風の色空の色から夏の力強さが消え、優しげであまやかな初秋の色にそれらが変わりつつあることを、目や耳や、それから耳や肌で感じ取れるようになると、私の“秋の鳥撮り”が始まります。

初秋、気温はまだ夏日、陽射しの強さに閉口しつつも刈り入れを終えた農地を歩きながら、里に降りてきたノビタキを探すのが例年の慣わしになっています。そして今年は9月15日、今季初のノビタキが休耕田の草の上にはんなりと佇む様を見つけたときは、もう毎年のことなのに、その歓びが色褪せることのない初々しさで私の胸の内に再現されるのです。
以後、秋の気配が色濃くなり、すべてのノビタキが南に飛び去ってしまうまで、私の鳥撮りは彼らが中心になります。ここからひと月あまり、どこにどんな鳥が現れようとも、私は脇目もふらずノビタキにのみ視線を送ります。少々偏執的かなとも思わないではないですが、なに、人にどう思われてもよいではないか。たかが鳥撮り、されど鳥撮り。そこにコダワリがあってもよいではないか。
そんなことで、今日は水田農地へ、明日は畑へと、市内に10カ所ほどもあるマイノビタキフィールドへ私は日参します。

ノビタキ

さてそのノビタキですが、秋の移動は早く、同じ個体が同地に留まるのはせいぜい三日というところでしょうか。ですからあちらこちらのフィールドに顔を出しても、日によって一羽たりとも見られない日もあります。
―やれやれ、今日はフラれたか。さてどうしたものか…。
暫し立ち止まって考えあぐねたあげく、そうだこの時季は森林性のヒタキ類が来てるんだ、ということに今更のように気づき、彼らの好む木の実―ミズキ・アカメガシワ・コブシなど―のあるフィールドへと足を運んでみたのです。
私の地元には畑作を中心にした広大な農地があり、さらに川あり雑木林あり湿原まであって、様々な野鳥がそれぞれの環境に応じて棲息しています。特に珍しい鳥が見られるわけでもないのですが、秋冬には多くの種類の鳥が見られ、単に写真を撮るだけでなく、観察する楽しさも大いに味わえるわけです。ちなみに10月の2週間ほどの期間で見られた鳥を列挙してみましょう。

ノビタキ・エゾビタキ・コサメビタキ・オオルリ・キビタキ・メジロ・ホオジロ・スズメ・ハシブトガラス・ハシボソガラス・オナガ・カケス・キジ・シジュウカラ・エナガ・ヒヨドリ・ムクドリ・コゲラ・アカゲラ・キジバト・ドバト・ハクセキレイ・キセキレイ・カワラヒワ・セッカ・ヒバリ・モズ・ツツドリ・カワセミ・カイツブリ・コサギ・ダイサギ・アオサギ・ゴイサギ・カルガモ・コガモ・オナガガモ・ヒドリガモ・ホシハジロ・キンクロハジロ・マガモ・カワウ・バン・オオバン・サシバ・チョウゲンボウ・オオタカ・ノスリ・チュウヒ・ミサゴ・ジョウビタキ
(計51種)
ノビタキ以外のフィールドに頻繁に通っていないので私は見ていないのですが、地元の鳥仲間がハジロカイツブリ・ツミ・ハイタカ・ハヤブサ・コムクドリ・アリスイを観察していることを付記しておきます。
いかがですか。なかなかのフィールドと言えはしないでしょうか。しかも特筆すべきは、これらの鳥がすべて自宅から20分以内の場所で見られることです。ですからノビタキがいないので、木の実に集まるヒタキ類を見に行くといっても、わずか5分ほどしかかからないのです。もう暫くすると渡り鳥たちは飛び去りますが、代わって冬鳥が入ってきますので、多い日には半日で40種越えの野鳥を観察できる日もあるのです。

下記のキビタキの写真のフィールドから1qほど行った所に自然公園があり、その最奥にミズキの木があって、毎年秋にキビタキがやってきます。ところが一昨年あたりからこのポイントに目をつけた「鳥撮り軍団」がいて、ここ数年この軍団とはあちこちで鉢合わせすることが多いのですが、あろうことかここで“餌付け”と“舞台設定”をしているのです。キビタキといえども餌には弱いと見えて、舞台設定したカメラマンたちの目の前までやって来るようなのです。こんな楽な鳥撮りはありませんから、驚くなかれ30人ほどのカメラマンがさして広くない場所に集まり、餌付け・おびき寄せ・舞台設定つきのキビタキ撮りに腐心しているというのです。
もういまさらそうした行為をなじる気持ちにもなれないのですが、少し外を歩けば、多種(50種越えの)多様の野鳥が見られるというのに、たった1種の鳥を30人で囲み続けることのなんともったいないことか。少しでも鳥に興味があるのであれば、そこからわずか50m離れた所で多くの野鳥が見られるんですよ。

―なんてことも、彼らには「余計なお世話」以外のなにものでもないんだろうなあ…


さて木の実に集まる鳥ですが、その日はほんの数時間ほどの間で運よくキビタキの雄雌、エゾビタキなどが見られ、かつ写真に収めることができました。それ以前にコサメビタキもなんとかカメラに収めているので、まずまず秋のヒタキ類は今年も無事に見られて良かったと安堵しつつ、フィールドを後にしたのでした。

ところが。

この日に限って手順を変えたのです。家に帰って仕事に向かう前に、なにはともあれSDカードの中身をパソコンを通して外付けのハードディスクに落とすのがルーティンなわけです。ところがこの日に限って他に取り急ぎやることがあり、そうこうしている内に仕事に出る時間となってしまい、まあ帰ってからパソコンに取り込もうと家を出たのです。仕事から帰り食事を済ませ、パソコンのスイッチを入れて今日の成果を見てみようかと座り込みました。と、ふと目の前にあるSDカードケースに目が留まりました。ああそうだ、カードの中身を消しておかなくちゃと思い、これまた目の前にある一眼レフのカメラに差し込み、何の躊躇もなく消してしまいました。
そしてパソコンに目を転じ、さてさて今日のキビタキを見ようとソフトを開いたのです。今日の雄は理想的な枝に留まってくれたからなあ。ラッキーだったよなあ。毎日通っても、こうはいかないことの方が多いくらいだからなあ。
―って、あれ、今日の日付の写真がないぞ! え、どうして?
私は慌ててきょう鳥撮りから帰って来てからの自分行動をつぶさに追いかけました。
ああっ、今日はまだ取り込んでなかった! ああっ、で、どうしたんだっけ? あああああ、そういえば消しちゃったんだあ。あああああああ…
もうその後は頭をかきむしり、歯ぎしりし、自分の尻をペンペンして己の愚かさを呪い続けたことは言うまでもありません。人の悪口なぞ言ってるからこうなるんだろうか?

翌日、今日だけはノビタキフィールドに寄ることもなく昨日のフィールドにまっしぐらです。なんとかして昨日のミスを取り返そうと思ったわけです。けれども自然の神様は、そんな愚か者に二日続けてラッキーを与えるはずもなく、たった1日の違いなのに待てど暮らせどキビタキもエゾビタキも現れず、帰る寸前にかろうじてキビタキの雄が、昨日のような良い条件下ではなかったけれど少しだけ相手をしてくれたに留まりました。(下の右2枚は、同場所において昨年撮影したものです)


キビタキ


10月も後半に差しかかると、我がノビタキたちもどんどん移動し、フィールドで見られる数もぽつりぽつりになってきました。それは少し寂しいのですが、まあでもがっかりすることはありません。ノビタキと比較はできませんが、それでも魅力的な生き物は沢山いるのです。

ホオジロ ノラ ハクセキレイ


ノビタキが見当たらないある日、例年ですと11月以降に足を運ぶ湿原に行ってみました。
ここでは猛禽と冬鳥がぽつぽつ顔を見せ始めています。ミサゴ・アリスイなどに人気が偏りますが、個人的には渡って来たカモなどを撮るのもとても好きです。

ミサゴ モズ ホシハジロ


月日は進み、10月も末に差しかかりました。これを書いている今日は、二十四節季で言う「霜降」です。暦の上でということでしょうが、偶然にも今日は「木枯らし一号」が吹き荒れました。季節は着実に進み行き、中秋からそろそろ晩秋に差しかかります。

ふと思い出してお寺の境内に行ってみます。ここ2年ほど実つきの良くなかった柿が、今年はそこそこ実をつけていて、かなり熟れている実も。暫く待つと、案の定やってきたのは、桜の時季以来久しぶりに見るメジロです。いつの間にか私の年中行事でもある「柿メジロ撮り」の季節になっていたのです。例年は11月以降なので少し早い気もされますが、そこに大好きなメジロがいる以上レンズを向けないわけにはいきません。
―久しぶりだねえ、きれいだねえ、可愛いねえ…
人が聞いたら鳥肌ものの台詞をぶつぶつ唱えながら、暫しメジロたちとの会話に没頭します。

この日は土曜日。夕暮れてきたのでメジロたちとさよならすると、帰りがけにノビフィールドを覗いてみます。すると昼間いなかった畑に、たった一羽のノビがぽつんと竹杭の上に佇んでいます。夕方ゆえなのか一羽ゆえなのか、その寂しげな表情を数カット撮らせてもらって私は家路に着きました。

この日を境に、私のフィールドからノビタキは見えなくなりました。

メジロ ノビタキ

(了)