≪スタッフ・有志の連載≫
 <第49回> 風の音にぞ…
 ============ by 漂鳥

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  第49回 晩秋、そして初冬に思う
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秋の終わりから初冬、そして厳冬期に入ってしまう少し手前までの季節が、殊のほか好みです。
まだ光に強さが残り、樹々の紅葉なども華やかな時季が去り、けれども冬ざれて色味のほとんどない厳冬にまでは至らない、そんないかにも日本的な曖昧な移行期の風景が妙にココロに染みるのは、私だけなのでしょうか。

  謙虚なる 十一月を 愛すなり (遠藤梧逸)

この季節の楽しみの一つは、里を彩る柿の実に集まるメジロをはじめとした小鳥たちを見ることです。元々目に入れても痛くないほどメジロをこよなく贔屓にしている私ですが、くわえて柿の色合いを添えてとなると、これはもう私にとっては三ツ星級のこれ以上はない“ご馳走”には違いないのです。
メジロ メジロ ジョウビタキ

またこの時季、とくによく晴れた小春日和には越冬蝶の姿をよく目にします。厳冬期になれば葉の裏などでじっと寒さをやり過ごす越冬蝶たちですが、この時季の暖かさを慈しむように飛び回る姿は健気というほかはありません。

ルリタテハ ムラサキシジミ ウラギンシジミ

さて、メジロや越冬蝶の撮影が一段落し、季節が晩秋から初冬に差しかかると、足?く通うフィールドがあります。
本通信で以前に何度かふれたことがあるのですが、地元に比較的規模の大きい治水のための調節池があります。元々葦原が広く拡がる原野だった所を、それこそ20年以上もの工事期間を経て漸く完成した調節池です。
葦原が猛々しく拡がる原野だったころは、小さな池がそこここに点在してはいたものの、草原性の生き物が数多く棲息するフィールドでした。特に冬季、ベニマシコ・カシラダカのような小鳥がたくさんいて、沼には多くのカモ類も飛来していましたから、それらを狙う猛禽類―オオタカ・ノスリ・ハイタカなど―も常時見られました。
もう時効でしょうからそっと書きますが、工事中ゆえ立ち入り禁止のその葦原にそっと入り(そんな地元のカメラマンの先輩が5人ほどいていつしか顔見知りとなり、様々な野鳥観察の仕方や情報を提供していただいたものです)タカ類やコハクチョウやベニマシコ、ミコアイサ、クロハラアジサシなどを夢中になって撮影しました。年により多くのウソが飛来したことも。

ただ当時は、私の知る限り冬の鷹(チュウヒなど)を見ることはありませんでした。(私が知らなかっただけかもしれませんが)ところが積年の工事が漸く終えた頃から、晩秋の頃になるとチュウヒがやってきてひと冬を過ごすようになったのです。年によりハイイロチュウヒが居つくこともありました。(今年も一度雌の通過個体を観察しました)
北の大きな遊水池や広大な葦原のある河川敷ならいざ知らず、都内からわずか10km程度の所で、絶滅危惧種TBに分類されるチュウヒが見られることはまことに貴重なことです。ところが、なにせ毎年必ず複数個体を秋から春先までいつでも見られるので、地元ではさほど有難がられることもなく、けれどもそんな人の思いなど我関せずと、チュウヒはいつも悠然と湿原の上をV字飛行しています。
チュウヒの他に観察される猛禽は、オオタカ・ハイタカ・ノスリ・チョウゲンボウ・ハヤブサの常連に加え、時折りはミサゴ・コミミズク・ハイイロチュウヒなども顔を見せてくれます。
チュウヒ・成鳥 チュウヒ・若鳥 ノスリ

かつては広大な葦原であったこのフィールドですが、今は水を満々と湛えた湿原になっています。環境がかなり変わり、飛来する鳥の種類も変化しました。かつては水辺に干潟が拡がり、シギチの姿が見られましたが、いまは水が多くて干潟は一切なくなってしまいました。その代わりに、カンムリカイツブリやハジロカイツブリのような、比較的広い水域面積を好む水鳥が増えました。近年はコハクチョウに加えてオオハクチョウまで姿を現すようになり、この湿原の豊かさを表しています。もっとも最近は水位が高すぎて、ハクチョウが定着しない傾向にありますが、さて今季はどうなることか。身近に見られるカモ類はすべてそろっていて、時折りですがトモエガモやカワアイサ・アカエリカイツブリなどが顔を見せます。

直近の拙ブログにも記したのですが、11月下旬にこの湿原と周辺を丁寧に探鳥してみたら、実に57種の鳥をカウントできました。その後の探鳥会では51種だったといいますから、まあ日によって見られる数の増減はあるにせよ、鳥種がこれだけそろうこの地は、バーダー冥利に尽きるフィールドだとはいえないでしょうか。

IUCN(国際自然保護連合、本部=スイス)は12月8日、絶滅危惧種を記載した最新の「レッドリスト」を発表したことは各マスコミで取り上げていたので、ご存知の方も多いことでしょう。わけてもキリンが過去30年の内に4割も減少し、絶滅危惧U類に指定されたことが大きな話題になりました。
記事によれば、85,604種の内24,307種が絶滅の危機にあるとされています。また今回は鳥類11,121種すべてが再評価され、今回新たに追加された84種を含め1,460種が絶滅危惧種に指定され、その割合は実に13%に上るのだそうです。
日本の身近な鳥の例でいえば、この30年間でカシラダカが75〜87%も減少していて、絶滅危惧U類へとランクアップしてしまったそうです。そういえば10年前なら冬になればそちこちで大きな群れを見かけたものですが、近年は数羽単位では見ても、大きな群れを見なくなりました。

「昔は良かった」のような物言いはあまり好きではないし、言ってみたところでどうにもならないですからそうは言いませんが、ただ統計的に比較という意味で昔と今とを見てみることは大いに意義がありそうです。
コガモはトータルではほとんど減ってはいないようですが、地元のS川では、かつて何百という数のコガモが見られたのに、数年前からは数えるほどしか見られず、つい最近もコガモが良く集まるポイントを中心にS川沿いを歩いてみたのですが、驚くなかれ雌をたった1羽認めたのみでした。特に環境に大きな変化はないので、何かほかに要因があるのか、一時的な傾向なのか、観察を続けなければなりません。

こうした世界規模の観察・研究を通して、地球の様々な、そして多くの生物種が危機に瀕していることが分かります。その原因は決して一様ではなく、防ぎきれないものもあります。考えてみれば地球上の生物種の変遷をたどれば、何万年単位の大きな気候変動や、種間の生存競争などによりたくさんの絶滅を経てきた上に現在の状態が成り立っています。けれども人類が誕生し、加速度的にその数を増し、農耕定住生活が始まり、さらにここ数百年の間に工業化の途が一気に開かれ、それまでの環境が人の手により劇的に変化し、結果多くの絶滅種を生んでしまったのでした。特にこの50年ほどの地球規模の環境破壊は目を覆うばかりです。
20世紀の終わりころから、生物多様性の重要性が生物学者や環境活動家によって提唱され始めました。多様な生き物が生存し、そのバランスによって自然環境は保たれているのであり、そのバランスがひとたび崩れれば、稀少種などはひとたまりもなく絶滅してしまうばかりでなく、ひいては人間の生活にも重要な影響をもたらすであろうという警鐘が鳴らされたわけです。

こうした観点から見たとき、この湿原の環境バランスはとても良いに違いなく、それ故ほんの数時間の探鳥で57種もの鳥を見ることができるのでしょう。鳥の種も数も多いということは、例えば彼らが食する餌が豊富であることを意味します。つまりその餌となる木の実・魚・昆虫などが豊富であって、それはここの自然のバランスがよく保たれているからこその豊富さであるのです。
この湿原でさえ、前述のように変遷の歴史はあるのだし、環境も変わっています。ただそれでもなお多くの鳥や生き物を内包できるこの環境は、相当に貴重なのだと思い知るべきなんじゃないかと、改めて感じているこの頃です。

12月になりました。
もういつまでも初冬とは呼べないようなウソ寒い日が続きます。
とある日曜日、私はチュウヒやカモやユリカモメなどを見ながら時間を過ごします。北風が強い分空気は清澄で、今日は師走らしい冬晴れです。やがて陽は傾き、気温は下がり寒さが身にこたえます。いつもなら早々と引き上げるところでしょうが、この日はなぜか未練がましくグズグズと湿原に居座ります。もうあっさりと真冬の到来を認めればよいものを、私は湿原の土手上で一人ぐずっています。陽はどんどん傾きチュウヒが、アオサギが夕陽に染まります。

そして日没。
遠くのマンションの外壁が残照に照らされてオレンジ色に光ってはいるものの、辺りは急速に光と色味を失い、暮れてゆきます。何が諦めきれないのかすらよく分からないまま、私は軽い喪失感のようなものに襲われ、よく分からない哀しみにココロが支配されてゆきます。
ふと見上げると、愚鈍な純情を笑うかのように、夕暮れた空に十三夜の月が冴え冴えと輝いていました。

  枯野ゆく 徒手空拳も 老いにけり (吉田汀史)
チュウヒ アオサギ 十三夜の月

(了)